コミックコーナーのモニュメント

コミックコーナーのモニュメントは、漫画を読むことが好きな石文が、読んだ漫画の感想を書いたり、紹介をしたりするブログです。

セントールの悩み3巻 感想【ネタバレを含みます】

 

セントールの悩み(3)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

セントールの悩み(3)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

 

 3巻目になって姫乃以外の視点も増えてきました。群像劇は好きですし、「この世界」のいろいろな場所を覗けるのも楽しいです。そういうわけで、セントールの悩み3巻の感想です。

 

人馬形態の正しい投球フォーム

 冒頭からソフトボールの試合をしているわけですが、人馬の投球フォームが足の体重移動も込みで描かれているのがとても興味深いです。

 人馬やケンタウロスといった存在がボールを投げる時の動きに、ここまでこだわるのはこの作品ぐらいでしょう。少なくとも私は他には思いつきません。

 バッターボックスでバットを構えるケンタウロスも初めて見ました。

 

委員長兼巫女兼主婦の御霊真奈美さん

 12話では姫乃たちのクラスの委員長、御霊真奈美とその家族にスポットが当たりました。

 御霊さんちの家族構成は2巻で出てきましたが、父親、委員長こと御霊さん、三つ子の千草・千奈美・千穂、末っ子の末摘となっています。

 この三つ子の妹と御霊さんのやり取りが面白いです。

 日曜日に制服にそでを通し、ネクタイを締める御霊さんに「ねぼけたん?」となかなか辛辣。

三つ子だから当然3人いるわけですが、御霊さんは「ちーちゃん」とひとまとめにして呼びます。「ちーちゃんたち」ではなく、「ちーちゃん」と呼び、三つ子の方も自分たちのことを「ちーちゃん」とひとまとめにしています。

 特に面白かったのが、御霊さんの携帯電話を借りて、友達を呼ぶ場面です。

電話を掛け終わったちーちゃんに御霊さんが電話を渡すようにと掌を出したところ、その横を素通りして別のちーちゃんに電話が渡り、別の友達へ電話というのが繰り返され、そのせいで御霊さんは駆け足で学校に行く羽目になりました。

学校では生徒会の会議で議論が白熱。それを打ち切り、時間が来たのだから多数決を取るようにと促す御霊さんに非難が集中しますが、御霊さんは正面から反論してやり込めます。

会議の後、御霊さんに態度を改めるよう説得にきた上級生に「ダメです」と返し、自分が家族との時間を優先する理由を端的に語ります。

普通ならば反感を持たれて何がしかの問題が起きそうな態度ですが、周りがそれ以上踏み込めないだけの凄みが御霊さんにあることや、不満を持ちながらも御霊さんを認めている様子が上級生たちの会話でしっかり描かれています。御霊さんに全部聞こえていたことも含めて面白かったです。

登場人物の会話という形で、様々な価値観や考え方が語られるのも、この作品の面白いところだと思います。

しかし神社の切り盛りをしながら、主婦業をこなし、やたらとアクティブな三つ子と病弱な末っ子の面倒を見て、生徒会の活動にも参加して、成績は地域でトップクラスの進学校の中で学年最上位クラス。御霊さんは凄まじいですね。

 

多方面に広がる世界観

 架空の世界を描くうえで、綿密な設定は大切ですし、日常を描くうえで細部のリアリティーは重要です。この作品を楽しく読めるのは、架空の日常の中に、独自性と説得力がはっきりとあるからです。

 今まで描かれてきたのは、日常で直接目にする部分や、人類の起源や、広い意味での社会の歴史と、言ってみれば架空の世界を形作る上で必須の部分です。

しかし、この作品はそこで終わらず、さらに多方面に広がっていきます。

3巻のおまけページでは、「超自然の存在」といった分類で、神や悪魔、フランケンシュタインの怪物や吸血鬼、魔法少女といったものについて語られます。

 人類学というか、民俗学というか、もっと大雑把にサブカルチャーとでも言うべきか、もう多方面に広がりすぎてよくわかりません。

とにかく、生物の進化や広い範囲の社会の歴史だけではないのです。

さまざまな宗教に出てくる神や悪魔がどのような姿で描かれているか、そこにどんなパターンがあるかといった話。

架空の創作物に出てくる怪物が、特定の形態や身体的特徴のイメージで広がったのは、その原作や元の逸話が原因ではなく、映画化された際の俳優の外観やイメージが広がったものだといった話。

さらには、魔法少女は形態平等の理念に反しないように、1つの作品に一般的な翼人、竜人、角人、牧神人、人馬、人魚の魔法少女が全て登場し、主人公格の形態はシリーズごとに毎回変わるといった話。

 そんな「この世界」の蘊蓄がおまけページで語られています。

設定好きの人にはたまらないのではないでしょうか。

特に細かいと思ったのは、吸血鬼やフランケンシュタインの怪物が、どの形態かのイメージが限定されている部分です。

形態差別に厳しいことが今まで描けれてきたので、怪物の表現も、現実に存在しない形態を作るなどでぼかすのかと思いきや、演じた俳優の形態や身体的特徴でイメージが広まったという説明。たしかに、私たちの世界でもそういう話を聞いたことがあります。

 本編でも、妖怪やUFOといったものの存在が示唆されて、世界観がどんどん広がっています。

 

 

読者目線から見たら過激ともいえる形態差別に対する反応が描かれながらも、穏やかな日常も同時に存在するという「この世界」。

10話の冒頭で、紫乃ちゃんに形態差別発言をしたと思しき園児に対して、ギョッとした保育士さんがかっとんできたのには笑ってしまいました。

その一方で、差別問題に引っかかりそうな映画がテレビで公開されていて、姫乃にしっかりトラウマを残してもいるわけです。

南極人のケツァルコアトル・サスサススールの転入で姫乃の大ピンチのまま次巻へ続くとなりました。
 そういう形式の物語だから当たり前だと言われてしまいそうですが、巻を追うごとに世界が広がっていくのはやっぱり面白いです