コミックコーナーのモニュメント

コミックコーナーのモニュメントは、漫画を読むことが好きな石文が、読んだ漫画の感想を書いたり、紹介をしたりするブログです。

セントールの悩み8巻 感想【ネタバレを含みます】

 

セントールの悩み(8)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

セントールの悩み(8)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

 

  面白かったり、微笑ましかったり、生々しかったりする「この世界」の物語を楽しみながら、私たちの世界の日常のもやもやについても考えられる。セントールの悩み8巻の感想です。


 

美術館デート×2 芸術とは?

 スーちゃんとクラスメイトの中吏君が美術館でデート。同じ日に、御霊さんと御牧さんも美術館へ。45話、46話では現代美術や芸術といったものについて語られました。

 

スーちゃん、中吏君ペア

 スーちゃんのデートを尾行するということで、姫乃、希、羌子の3人が変装。メガネ率100%。みんな目がいいのに、何でメガネ持っているのかは突っ込んだらいけないところでしょうか。

姫乃の帽子のデザインがユニーク。人馬や長耳人用のデザインの帽子で、耳の形に帽子が出っ張っているだけではなく、耳の穴の部分にフサフサがついていてかわいいです。スーちゃんのファッションといい、現実に存在しない形態用のデザインで、現実にありそうな、それでいて現実では見ることはないだろうファッションが出てくるのは、何気なく凄いことなのではないかと。

ファッションやヘアースタイルがテーマの回もありましたが、この漫画はこの辺も隙がありません。

中吏君の現代美術についての解説、本当に自然な流れで説明や考察を入れてきます。

昔の美術と現代の美術の事情の違い、「美術という概念の文脈をいかに読み替えるかというゲーム」という言葉と、その後の羌子と希のやり取りで、長年謎だった「芸術」の一端が分かった気がしました。

日常生活の中で、もやもやした部分があっても、そのもやもやの正体も確認しないまま流してしまっていることがよくあります。

漫画や小説の物語を読んだときに「そうそうこれだったんだ」あるいは、「なるほどそうだったんだ」といった感じですっきりとすることがありますが、この漫画は本当にいろいろなところに話の枝が伸びていくので刺激的です。

 

御霊さん、御牧さんペア

 姫乃や御霊さんみたいな派手な外見とはまた違いますが、顔立ちのバランスが整っていて、中性的な雰囲気の御牧さんはハンサムな美少女といった感じです。

 町を歩いている時に、ナンパ除けという口実で腕を組んだのに、美術館に入って、偶然会った姫乃に指摘されるまで、ずっと腕を組みっぱなしだったのが面白かったです。これには、いつも堂々としている御霊さんが恥ずかしがっていた点も含みます。

 美術鑑賞の後の一服。御霊さんが美術館へ来たのは、美術や芸術と言ったものについて理解するためで、それは画家である父親について考えるためであったようです。

御霊さんの言う「絵描き」と「芸術家」のニュアンスの違いを考えると、前の回で中吏君が語った現代の美術や芸術とは、御霊さんのお父さんは相容れなさそうです。

 御霊さんの相談相手になっている御牧さんは、割と思ったままのことを言っているだけですが、それで相談の体になるのは、しっかりした信頼関係があるからですね。

そして、そんな御牧さんからの「オヤジさんのこと甘やかしすぎじゃね」というセリフ。御霊さんの反応を見るに自覚があった模様。

 以前、かなり重くて、きついやり取りをしていた印象があったのですが、あれでも甘やかしていたのかと思って見ていたら、その後の会話で納得しました。

 御霊さん高校生ですけれど、主婦業を完璧にこなして、巫女の仕事までもしていますからね。自分の父親に対して、子供で娘というより、同じ大人で奥さんといった距離感で接していたのでしょうか。

 わざわざ貴重な休日を美術・芸術についての理解を深めるために美術館で過ごしたかと思えば、家に帰ってから父親の体を気遣いつつ、割とドライなことを考えてもいる御霊さん。御霊さん自身の本心では、父親にどうなってほしいと思っているのでしょうか。

 

人魚の流々と幼なじみの隆道くん

 48話は、人魚の学校の回や、姫乃たちがプールに遊びに行った回で登場していたカップルが主役。陸で暮らす人魚の静浦流々の家に、幼なじみの小間隆道が訪ねてきたところから話が始まったのですが、家の外観や廊下が独特です。

一言でいうなら、お金のかかったバリアフリー住宅といった感じでしょうか。政府からの補助金の話が頭をよぎりました。

人魚の流々は足を使って歩くことが出来ないので、幅の広い廊下に手すりがついているのは用途がわかるのですが、家を上から見たときに、屋根の一部と家の周りを囲むような配置で、ガラス張りか、もしくはパネルのようなものが設置されているのが気になります。用途や理由をいくつか想像したのですが、現段階では情報が少なすぎて絞り切れません。

 流々が着物の着付けを母親と思われる人にしてもらっていますが、その人は長耳人。

父親が人魚であることも考えられますが、子供が人魚であるのに陸の町で暮らしていることを考えると、先祖返りで子供だけ人魚形態であるというパターンなのではないかと。

 そして、隆道君は流々をお姫様だっこすると流々母に見送られて出かけていきました。

この2人の距離感がすごく好きです。

 こんなに自然で照れのないお姫様だっこは初めて見ました。抱き上げている方も、抱きかかえられている方も全く照れがありません。しかも親の目の前です。

 神社の人ごみの中をお姫様だっこのまま歩いたり、知り合いに会ってからかわれても正面から切り返したりと堂々としています。

 そして、抱きかかえられている流々がたこ焼きを食べさせたり、たこ焼きを熱がった隆道君にふーふーと息を吹きかけたり。極めつけは隆道君がつまずいた拍子に流々の胸が顔にぶつかってしまうハプニングもありました。

 行動だけ列挙すると、いわゆる周りの見えていないバカップルに思えるのですが、2人とも自然体で、かつものすごく微笑ましいのです。

 前述のハプニングのときも、隆道君は流々の胸を意識してしまうのですが、いやらしさよりも微笑ましさを感じます。

初々しさと、年季を感じる信頼関係を兼ね備えた独特の距離感がすごくいいです。

 人魚用の歩行補助機械がほしいと言った流々に「高いよ!」と言ったときの隆道君の表情とその表情を見た流々の反応がまたたまりません。

値段の問題ではないのですね。隆道君がすごくしょんぼりとした顔です。流々もそれに気が付き「そうね、まだ高いわ」と話を終わりにしました。この場面の流れがすごく好きです。

 

南極人らしからぬ南極人と難民の少女

 52話にてスーちゃんの妹が登場。前に出てきたときは幼いころの回想でしたが、今回はリアルタイムです。

スーちゃんよりも自然体で哺乳類人の文化に接している印象を受けます。

治安の悪い地域で、歌を歌いながらスキップしたり、銃や刃物を持ったならず者に囲まれても平然としていたりと、物怖じしない性格の様です。後者については南極人戦闘種の護衛を信頼しているからかもしれませんが、襲われた後も平然としたまま、軽やかな足取りで去って行ってしまいました。

 翼人の少女セディバとの歌を通しての自然な交流は、今までの南極人のイメージとはずいぶん違います。

 このセディバの夢は、現地の情勢の変化によって踏みにじられてしまい、その結果を見たスーちゃんの妹もなかなか過激なことを考えている場面があり、今後の物語にも影響が出そうです。

しかし、一番気になるのは別のこと。セディバ自身はどうなったのでしょうか。

はっきりと描かれていないのがとても気になるのですが、スーちゃん妹の激昂ぶりを見ると、不幸な想像しかできません。

 

 

この漫画は巻を追うごとに描かれるものも増えていき、視点もテーマも混沌としていきます。

しかし、それらの1つ1つの間につながりを感じることが出来て、1つの物語ではなく、1つの世界そのものを見ているような気分になります。

1つの世界の様々な面や、日常の細部まで描かれるのはSFやファンタジーものの醍醐味で、実際とても面白いのですが、戦争関係も、身近なものも、ずっしりと重たいテーマは読んでいるとつらい気持ちになりました。

ずっしりとした重みや、生々しい痛みがあるからこそ、よりリアリティが出るのですが、そのリアリティがあるからこそつらさも割り増しです。