コミックコーナーのモニュメント

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セントールの悩み9巻 感想【ネタバレを含みます】

 

セントールの悩み(9)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

セントールの悩み(9)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

 

  巻頭のカラーページで姫乃が何とも言えない不思議なポーズを決めています。
 
何かと交信しているようでもあり、何かに変身しそうでもあり、不思議な雰囲気が漂っています。
 今までも日常の裏側で非日常な展開が起きていることはありましたが、ついに姫乃が直接非日常に巻き込まれることになりました。
 
「日常」という言葉を使うのには、いいかげん無理が出てきたのではないかと思えるセントールの悩み9巻の感想です。

 

紫乃ちゃんの成長

55話では紫乃ちゃんたちが幼稚園で植物の名前について話しています。

紫乃ちゃんよりも年下のみーちゃんにとって、赤いお花はあくまでも「あかいおはな」であって、人の名前のような固有名詞でもない「あかつめぐさ」の様な植物の種類の概念自体を理解できません。

紫乃ちゃんは、同じ積み木でも四角い積み木と三角の積み木があるといったような例を出して、みーちゃんの疑問に答えようとしますが、疑問に対する回答の最中に発生した別の疑問へ話がずれていきます。この様子が何ともリアルかつシュール。

それにしても、紫乃ちゃんも牧ちゃんも異様に植物の名前に詳しいです。

牧ちゃんは紫乃ちゃんに教わったようですが、そもそも紫乃ちゃんが植物の種類ごとに名前があることを始めて知ったのはごく最近の話。※5巻の22話。

子供の成長速度に驚くべきかと思って見ていたら、どうも紫乃ちゃんは年下の子の疑問に答えるために勉強している様子。植物の件もそうですが、姫乃の影響力が凄いです。

子供の疑問に真摯に答える大人がいると、知育が捗るというこのエピソードは凄まじい説得力がありました。

紫乃ちゃんたちが観察していた雑草を抜いてしまった先生とのやり取りも面白かったです。

 

形態平等と特撮の歴史

9巻のおまけページは「空想世界の英雄達」。特撮ヒーローと魔法少女シリーズについて語られました。

魔法少女は以前「プリティホーン」が出てきましたが、特撮ヒーローものとして、「変身仮面」、「聖なる猛禽ドファルコン」、「快漢ティーゲル轟」、「マスクランナー」、「機密分隊ヨンソルジャー」、「ミトラヒューマン」等々、「この世界」ならではの思想的なものや、私たちの世界でも聞いたことがあるようなものも含めて、特撮ヒーロー番組にまつわる裏話が語られました。

相変わらず細かいところまでリアルで、生々しい世界観が出ていて面白かったです。

例えば、「マスクランナー」は作中でランニングを推奨することで、文部省の推奨作品枠を取り、特撮や空想ヒーロー活劇を俗悪なものとして排除したがる勢力の干渉を避けるのに大いに役立ったといった話。

このように、その作品がどのような評価を受けたか、のちの特撮作品にどのような影響を与えたかと言った話が11つ解説されました。

中でも興味深いのは「機密分隊ヨンソルジャー」。

広い意味での形態の分類、つまり中肢が翼になっている翼人と竜人を同じ型として扱うような分類の仕方で、すべての形態をカバーできるように主役が4人。コスチュームのシルエットからして、人馬、長耳人、竜人、人魚のようです。

私たちの世界の戦隊モノのように、レッドがリーダーと言ったこともなく、あらゆる決定が民主主義的合意によってなされるという世界観がよく出た設定。

その設定により、従来の子供向け作品にはなかったドラマが生まれ、特に左派の大人から支持されたという話も生々しいです。

しかし、それとはまた別に目を引いたのが、イラストの人魚の隊員のシルエット。

中肢である腰ヒレの位置が明らかにおかしい。人魚の役者が確保できなかったのか、地上でのアクションシーンを撮影するためかはわかりませんが、中の人が人魚じゃありません。

文章での説明は一切なく、イラストをよく見ると、さりげなく中の人が違う。

思想的・政治的なものとは違う、現場の空気的とでも言うべき、奇妙なリアリティを感じて、気付いた瞬間に笑ってしまいました。こういう遊び心は大好きです。

「機密分隊ヨンソルジャー」か「ミトラヒューマン」辺りをぜひ本編で見てみたいです。

 

君原姫乃の異世界無双

56話で姫乃が紫乃ちゃんに流鏑馬を教えています。いつもののほほんとした顔とは違う表情で流鏑馬の腕を披露します。

と思ったら、まさかの異世界転移。「この世界」のSFでおなじみの四肢動物の世界へ転移してしまいます。

呼び出した魔法使いの人がいたので、異世界召喚と言うべきかもしれませんが、登場するなり死んでしまった自称「マスター」の魔法使いの人よりも、紫乃ちゃんが謎の穴に吸い込まれるきっかけを作った怪生物の方が重要そうです。体は獣のものですが7巻で出てきたエイリアンによく似ていました。

魔法使いを殺した騎士たちは、姫乃たちことを「魔獣」と呼んで襲い掛かってきました。

自分に向かって飛んできた矢を、悲鳴をあげながらも叩き落したと思ったら、スムーズに戦闘態勢へ。紫乃ちゃんを庇いながら、馬に乗った騎士3人相手にあっさりと勝利しました。

バスケのパスを顔面で受けたり、見えているはずの電信柱に自分からぶつかりに行ったりする普段の姫乃と同一人物とは思えません。
 以前に話に出てきた姫乃の先祖も弓の一射で軍船を沈めていましたが、戦闘氏族の末裔の面目躍如と言うべきでしょうか。

なんにせよ、予断を許さない状況で、平和な日常では表に出ることのなかった姫乃の真価が発揮されます。

現地の王様の前でもへりくだらず、「天の巫女」を名乗り、交渉を進めます。どうやらこのやり方は御霊さん直伝の様です。

それにしても、姫乃の本気がここまで凄まじいものだとは。

特に身体能力、戦闘技術がとんでもないものでした。

姫乃に恥をかかせるために大臣が持ち出したのは「鉄の弓」。

元々ハッタリのための物で、人間の腕力では引くことが出来ない物のはずが、姫乃はあっさり引くと「いいカンジね」とご機嫌です。

50人ほどの兵士相手に模擬戦をする際も、抜け目なく罠の有無を調べ、紫乃ちゃんが人質に取られないように釘を刺すなど隙はなし。

手で矢を払いのけ、精度の高い連射で人数差をものともせず圧倒。矢に当たったにもかかわらず、模擬戦の様式を無視して突っ込んでくる相手には、自身も模擬戦の様式を無視して、壁を駆け上がり、壁の上から一方的に攻撃。

本来引けないはずの鉄の弓で連続射撃し、現地人の身長の3倍以上ある壁を駆け上る姫乃の身体能力は人馬なら当たり前の物なのでしょうか。それとも姫乃個人が化け物じみているだけでしょうか。何となく後者な気がします。

数万規模の軍勢と対峙した際も、執拗に司令官を狙撃。落雷を超常の力に見せて脅して、逃げ散る小作人兵をまとめようとする貴族も狙撃。

敵側の気持ちのいいやられ役ぶりと、堂々とふるまいつつも、内心でドキドキしている姫乃が面白かったです。

現地の言葉が自動翻訳されることから「人為的な何か」の介在を予想したり、自分たちが帰る手段を探すために政治に介入したりと頭脳面での優秀さも光りますが、「ローガン王国内務省騎士団」には笑いました。

名前もそうですが、盾に「内」と書いてあったり、誰もそのことに突っ込まなかったり。現地人の視点では突っ込みようがないのですが、突っ込み不在のまま、真顔でボケを通されると読者が突っ込むしかないですね。

現地の感覚だけでなく、姫乃の感覚でもふざけている訳ではなさそうなので、「この世界」と我々の感覚の違いでしょうか。

ただのギャグに思えても細かい伏線が仕込まれていたり、背景を考えると納得できる理由があっても笑えてしまえたりするところがあり、この漫画はやっぱり油断できません。

 

 

御霊さんちで尻尾にまつわるあれこれが語られていたのも興味深かったです。

服から尻尾を出すための構造上の工夫だけでなく、あえて尻尾を出さない文化があるというところまで考えられている辺りに、この漫画の設定の深さを感じます。

姫乃と紫乃ちゃんが異世界から戻らないまま次巻へ続くとなりました。

この漫画はSFとしても、ファンタジーとしても、どちらの見方をしても十分すぎるほど面白い世界観の広さと深さがありますが、「日常」モノというのは、もう無理がある気がします。