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この愛は、異端。1巻 感想


この愛は、異端。 1 (ヤングアニマルコミックス)

 

 「家族」を求める天涯孤独の大学生・淑乃(よしの)と、その魂を求める悪魔のバアル。歪んですれ違う人間と悪魔の愛の物語、『この愛は、異端。』1巻の感想です。

 

綺麗で鮮やかでおどろおどろしい迫力もある絵

 この漫画の話をする時にまず特色としてあげたいのは、「絵が凄い」ということです。

 どういう風に凄いのかというとその細かさです。登場人物の顔や髪、服や小物、部屋の様子や街並みといった背景の部分まで含めて、とても細かく精密に描かれています。

 この細かいというのも、ただ単に絵の線が細くて数が多いというだけではありません。

 人物の視線の動きや微妙な表情がしっかりと描かれ、髪の流れ方や服のしわまで丁寧に描かれ、色の濃淡や表面のしわなどによる質感の表現や、光の当たり方の表現にもこだわりを感じます。

 森山絵凪先生の絵の緻密さと、表情の描き方については、以前『モンテ・クリスト伯爵』を読んだときも驚きましたが、相変わらずの迫力です。

 ただ絵が綺麗なだけの漫画という訳でもなく、絵がきれいな強みが作品の演出にも活かされています。

 連続的な表情の変化を様々な角度から見せる演出などは、その画力故に見応えがあります。ページをめくった直後に「ドキリ」とさせられるような演出もありましたが、やはり絵の迫力でドキリも割り増しです。

 登場人物の内面をモノローグで描写する表現は、このようなテーマの漫画には欠かせませんが、ともすれば冗長に感じることもあります。しかし、この漫画の場合、長いモノローグのシーンでも鮮やかな絵が刺激になり退屈することもありませんでした。

 何より、この漫画の柱の1つ「超常の存在としての悪魔」であるバアルの凄み、異質さ、おどろおどろしい迫力が、凄まじい画力の顔芸で表現されていました。

 この異様な迫力があってこそ、バアルの本質が人間とは全く違うのだということが感じられ、物語全体の雰囲気がとても味わい深いものになっています。

 

「家族」を求める少女・淑乃(よしの)、愛を否定する悪魔・ベリアル

 この物語は悪魔であるバアルと、バアルと契約した淑乃の2人の関係がどのようなものか、お互いをどのように思っているのか、その関係の本質が何処にあるのかがとても思わせぶりです。

 交通事故で両親を失い、たらい回しにされた親戚の家でも度々性的虐待の危機にさらされ、味方をしてくれる人間もおらず、人の世の地獄を味わった淑乃。

 そんな彼女を地獄から救ってくれたのは、藁にもすがる思いで試した儀式で召喚してしまった悪魔のベリアル。※バアルはあだ名です。

 バアルへ支払われる対価は「キスと愛撫」。まぐわいにより淑乃の魂に直接触れることでバアルは魔力を得られるとのこと。さらに、バアルは淑乃の魂そのものも狙っています。

 淑乃が子供の頃はただ唇を合わせるだけのキスを対価にしていたバアル。父か兄のように自分を守ってくれるバアルに淑乃は自身の欲していた家族の愛を見ていました。

 しかし、18歳の誕生日の日のそれまでとは違う激しい対価で、バアルは自分が望むとおりの家族を演じていたにすぎない「男」であり、自分の肉体と魂を狙う「悪魔」なのだということを思い知ります。

 自分が感じていた家族の愛も全て幻と思い込み、バアルと自分は対価を払い報酬を得る関係なのだと思いながらも、汚い人間たちから自分を救い出してくれたバアルのことを嫌いになれない淑乃。

 一方、バアルも悪魔として淑乃の魂を渇望し、淑乃の肉体に欲望を向けるものの、それ以外の感情も明らかに抱いています。実は召喚される前から淑乃に目をつけており、幼いころから彼女を見守っていたことが窺えます。

 ただ、バアルは自分には愛などという感情はないと言い切り、特に淑乃の求める“無償の愛”を頑なに否定します。

 「家族」への純粋な憧れ故に、対価や打算の絡まない“無償の愛”を求め、それ故にバアルを恋愛や結婚の相手と考えられない淑乃。

 上司・同僚の悪魔も呆れるほどに親バカぶりを発揮しながらも、頑なに愛という感情を認めないバアル。

 お互いを想い合いながらも噛み合わない。すれ違っている部分がわかるからこそもどかしいです。

 

旭君の運命やいかに

 淑乃に好意を抱く青年・旭君。バアルも誠実な人とコメントしている好青年ですが、彼の運命やいかに。

 旭君側が好意を抱くだけではなく、「家族」に憧れる淑乃に気に入られてしまったために、バアルに目をつけられてしまいました。

 世間様向けのバアルとの続柄の設定(父方の遠縁)を忘れて、とっさに叔父と紹介してしまった淑乃のミスすら利用して、バアルは旭君を追い詰めます。

 夜な夜な耳元でささやき、日に日に淑乃への疑心を植え付けた上で、祭りの夜に「実の叔父」とただならぬ雰囲気でデートをしているところを見せつけるバアルの悪辣な手腕に、旭君は精神的に追い詰められていきます。

 現状でも十分に不幸な目に遭っていますが、物語としての今後の展開を想像した時に、旭君が報われそうにないのがなおのこと不憫です。

 物語がハッピーエンドに進むなら、淑乃とバアルが結ばれそうですし、バッドエンドに進むなら、それはそれでますます悲惨な目に遭うことになりそうです。

 バアルと淑乃の拗れる関係に一石を投じるという意味でも、バアルの悪魔としての顔を際立たせるという意味でも、旭君の役どころは重要ですが、その結果の被害が全部旭君に行っているのが不憫でなりません。

 

 

 この漫画のタイトルからしても、2人の関係の本質が何処にあるのかは明白な気がしますが、2人の関係の拗らせぶりや、悪魔としての顔が前面に出ている時のバアルの邪悪さを見ていると、そう簡単に収まるべきところに収まるとも思えないです。

 「悪魔と人間の禁断の恋」というテーマは、近似のテーマも含めてかなりありふれていますが、この漫画は2人の胸の内が丁寧に描かれ、絵のクォリティーも非常に高く、楽しめました。

 人の持つ二面性が鮮やかに描かれている作風もとても好きです。