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虚構推理 鋼人七瀬編前半(1巻・2巻・3巻) 感想


虚構推理(1) (月刊少年マガジンコミックス)


虚構推理(2) (月刊少年マガジンコミックス)


虚構推理(3) (月刊少年マガジンコミックス)

 

 妖怪・あやかし・怪異・魔”そう呼ばれる者たち相手に「知恵の神」として相談役を務める一眼一足の少女・岩永琴子。

 怪異たちでさえ恐れ戦く、「人魚と件(くだん)と人間の混じり物」である青年・桜川九郎。

 怪異に縁のある2人が、虚構から生まれた怪異を虚構によって虚構へと返す『虚構推理』鋼人七瀬編の感想です。

 

桜川九郎と岩永琴子

 岩永琴子が桜川九郎に一目ぼれし、そして告白するまでの顛末の部分からこの物語は始まるのですが、この導入部分、読者を物語へ引き込む力が凄いです。

 少女ののっぴきならない片思いの様子を見ていたら、話が二転三転。急展開に振り回されている内に、あれよあれよという間にこの物語の世界に巻き込まれてしまいました。

 結局この2人は付き合うことになるのですが、そのやり取りが面白いです。

 九郎は恋人である琴子を物凄くぞんざいに扱います。

 しかし、琴子の方もいい性格をしていると言いますか、ぞんざいに扱われているのを見てもあまり心が痛まないのです。

 所作や言葉遣いは丁寧なのに、いろいろ開き直った物言いをし、すました顔で下品な冗談を言い、平気な顔をして嘘をつきます。

 何より打算的でもあり、まだ恋人でもなかった九郎の情に訴えかけて利用する形で、いきなり怪異絡みの事件に巻き込んだこともありました。

 九郎の琴子に対するぞんざいな扱いも一貫していて、琴子のアプローチをことごとく流し、ペアで写っている写真は全て仏頂面。琴子を第三者に紹介する時も(彼女であることを)心底嫌そうに紹介する等、徹底しています。

 しかし、合図1つでとっさに話を合わせられる程、お互いの理解と連携はばっちり。琴子も「知恵の神」としてのお役目は真摯に務めますし、九郎も影に日向に琴子をサポートします。

 単なるギャグのようにも見えるのですが、九郎がこのようにふるまうことの背景もいろいろと考えられ、この2人の距離感はなかなかに興味深いです。

 九郎の元彼女である紗季さんと現彼女の琴子の女の戦いも面白かったです。

 

鋼人七瀬と怪異の世界のリアリティー

 非業の死を遂げたアイドルの亡霊が顔の欠けた姿で、自身の死因である鉄骨を片手に夜な夜な町をさまようという都市伝説「鋼人七瀬」。怪異たちの世界でも異常な存在とのことで、知恵の神である琴子に現地の怪異たちが助けを求めます。

 人の妄想や噂話が具現化する展開や、怪異の世界では名前というものが重要なファクターであるという設定は、怪異モノやホラーではよく見かけるものですが、この作品のそれはどういったロジックでそうなるのか、なぜ重要なのかの説明が論理的で分りやすかったです。

 世間で怪異の目撃情報が少ないことについても、「怪異は対処の仕方さえ知っていれば人間でも倒すことが出来て、怪異側も本腰を入れて退治に動かれないよう節度を守って人前に姿を見せる」という風に説明がされていました。

 そもそも、怪異があっちでもこっちでも騒ぎを起こしていたら、スマホを始めとしたカメラがそこら中にあふれている今の世の中、なんで映像が残っていないのかという話になります。

 よしんば、お化けはカメラに映らないという設定で行くにしても、目撃者が増えれば騒ぎにならないのはおかしいという話にもなり、話の整合性が取り辛くなります。

 怪異と「現実の社会」との関わりについて、しっかりと納得のいく説明が用意されている一方で、短期間で都市伝説として広まった鋼人七瀬が怪異として明らかに異常であるという点が強調され、その正体や攻略方法にも話が繋がって行きます。

 怪異の世界と現実の社会の関わりや、ミステリーの土台になる部分のルール、主人公たちの立ち位置や目的などが綺麗にまとまっているので、すっきりとした気分で読めました。

 

件(くだん)の能力の解釈がユニーク

 件というのは、牛の体に人間の頭を持つとされる妖怪で、死に際に予言をするとされています。

 九郎は人魚の肉を食べたことで、不死身の体を得て、件の肉を食べたことで、件の能力も使えます。

 その能力が「未来を予言する」ではなく「未来を決定する能力」と解釈されているのがとてもユニークです。

 死に際に、起こりうる全ての未来を見て、その中から自分の望む未来が必ず訪れるように決定することが出来る能力とのことですが、不死身の九郎は何度でもこの能力を使うことが出来ます。

 もっとも、好き勝手に未来を選べるわけではなく、ごく近い未来でかつ現実的に起こりそうな確率の事しか選べないという事ですが、それでもこの能力、物凄く便利です。

 何が便利かというと、偶然の失敗を排除できるという事。確率的に十分起こりうる事なら確実に成功するという事です。

 この能力はミステリーをすっきりした気持ちで読めるようになる素晴らしいアイディアだと思いました。

 ミステリーを読んでいて、トリックが現実的であるのかという疑問を抱いたことがある人は多いと思います。

 どれだけ緻密に計算されたトリックでも、どれだけ綿密に準備をされた計画でも、現実に実行するとなれば、不安要素は尽きません。

 湿度や天候の変化で、犯行のための仕掛けが動かないかもしれませんし、アリバイトリック等を準備した上で犯行に及んだとしても、偶然目撃される可能性をゼロにはできません。

 そういうことを一々言っていたら、トリックの類を使ったミステリーは全て成立しなくなってしまうのですが、そんなことが頭をよぎる経験をした方も多いのではないでしょうか。

 現実的に実行可能かどうかという話だけではなく、そのことを読者にすっきり納得させるだけの論証を準備することは大変なことだと思います。

 その点この「件」の能力は、ミステリーの舞台装置としては最強です。元々の妖怪伝承としてある「件」の予言の能力をこのように解釈し、それがミステリーの舞台で使われていることに感動すら覚えました。これを考えた原作者の城平京先生の発想力を称えずにはいられません。

 

 

 虚構の怪物が現実化する「想像力の怪物」の話以外にも、かまいたちに見る「疑似科学」の話や、ハンバーガーにまつわる都市伝説がいつまでも語られる心理など、真実が嘘とされ、嘘が真実とされる世の中の妙が感じられました。

 虚構から生まれた怪物によって現実の人間に犠牲者が出てしまったことを境目に、物語は後半の解決パートへと続きます。