コミックコーナーのモニュメント

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ヤサシイワタシ1巻・2巻 感想【ネタバレを含みます】

 

この作品はとても面白い漫画なのですが、読むと打ちのめされます。

「重たいテーマから目をそらさずに、丁寧かつ真摯に描き切った結果、とんでもなく重たい物語が出来上がった」という印象を受けました。

『ヤサシイワタシ』1巻・2巻の感想です。

 

弘隆と弥恵

この漫画の山場、もしくは本題というべき部分は、作品後半である事が2巻に収録されている後書きでも触れられています。

しかし、この漫画に凄みと重みを生み出しているのは、そこに至るまでの物語である前半部分であると思いました。

物語のテーマを最も単純な言葉で表現するならば「自殺」。

自ら死を選んだ人と、残された人。

誰でも潜在的に持っていて、心が弱ったときに出てくる危うい部分。

生と死のどうしようもない断絶。

そういったものがこの漫画で描かれているわけですが、そこに辿り着くまでの積み上げが凄いです。

故障で5歳から続けてきたテニスの選手生命を失った芹生弘隆。彼が大学の写真部で出会ったのは、部の要注意人物こと唐須弥恵。

弥恵に好かれて、弘隆自身も弥恵のことを好きになり、ぎこちなくも恋人としての時間を積み重ねていく2人ですが、弥恵の抱えている問題は深く、次第に雲行きが怪しくなってゆきます。

膨らんでいく弥恵の闇、深まっていく2人の溝、それでも弥恵と向き合おうとする弘隆ですが、弥恵は感情を爆発させて弘隆から離れて行ってしまうのでした。そして、一度きりの再会の後、弥恵の自殺というどうしようもなく行き止まりの破局を迎えてしまいます。

演出過剰ではなく、妙に生々しい反応がリアルな告白シーン。

恋愛経験豊富ながら、純粋な弘隆の反応に引っ張られる形で赤面する弥恵。

お互いの家庭の事情や価値観について語り合い、弥恵の性格の問題や、次第に垣間見えてくる闇にも引かず、向かい合おうとする弘隆と、2人の恋愛の様子がしっかり骨太に描かれています。

大学のサークルや日常の光景も、細かい部分に妙なリアリティーがあり、特に人間同士のやり取りが生々しいです。

前半部分だけ見てもとても臨場感があり、生半可な青春モノや恋愛モノよりも重厚さを感じました。

こうしたしっかりとした土台があるからこそ、そこから一気に叩き落されるような、後半の衝撃が凄かったです。

 

弥恵の歪み

 弥恵と弘隆がまだ恋人同士だった頃のお話で、弥恵の抱えている問題の深さが浮き彫りになる場面の1つが弘隆の引っ越しのエピソードです。

弘隆の引っ越しを写真部のみんなが手伝ってくれて、そのまま夜は鍋パーティー。酔いつぶれた面々が雑魚寝する中、深夜に目を覚ました弘隆は、弥恵と弥恵の悪友・弓為の会話を聞いてしまいます。

「せかしたよ――ここも私が見つけたし」、「稼ぎもないのに75千の部屋住んでちゃダメでしょ」等と呟く弥恵。

悪友同士の毒のある彼氏批評のようにも聞こえますが、弥恵は実際に弘隆の生活に干渉していて、唐突に引っ越ししようと言い出したのも弥恵。※ちなみに前の部屋は契約更新までまだ半年残っていたようです。

この翌朝には一転して、弘隆の慈しむ視線に思わず赤面し、ピトっと身を寄せる弥恵という一幕もあり、弘隆の包容力の高さと、弥恵の拗れ具合の酷さがよく分かる場面でした。

 

「人が死ぬ」ということ

物語の後半、弥恵の死に直面した弘隆の反応が、時間が経つごとに段々と変化していく様子が、生々しくて痛々しいです。血の通った人間の心の重みがズシリズシリと伝わって来ます。

訃報に衝撃を受け、葬儀の際は覇気がないものの感情が窺い知れない表情で、その翌々日にアパートで泣き、畳の上に突っ伏します。

 弥恵が死んだという事実に衝撃を受けるも実感がわかず、傍から見て無感情にも見える状態を経て、段々と感情が追いついてくる様子にリアリティーを感じました。

 

もう1人の主役・澄緒ちゃん

弥恵が死んだ後の物語で、重要な立ち位置にいるのが弘隆の従妹で、中学生の澄緒ちゃん。弘隆や弥恵と並んでこの漫画の主役です。

 弥恵の葬儀の翌日に、突然に弘隆のアパートを訪ねてきます。

澄緒ちゃんは父親がほとんど家に帰ってこない自分の家庭に疑問をいだき、父親の浮気を調べるために、「高校見学」を口実に弘隆のアパートに押し掛けてきました。

しかし、たどり着いた真相は、自分の母親こそが愛人であり、自分が「父親の愛人の娘」だったという事実。思春期の、ましてや潔癖そうな女の子にはあんまり過ぎる現実でした。

「きたなくて、きもち悪くて、消えればいいのは、うちの方だったのね」という呟きは、座り込むというよりもへたり込むという感じだった澄緒ちゃんの状態や、俯いたまま床を見つめる視線も相まって、絶望感が凄かったです。

 

弘隆と澄緒ちゃん

やけっぱちになって売春を仄めかし、初めての相手になってほしいと持ち掛ける澄緒ちゃん。それを受け止める余力などなく、静かな口調で突き放す弘隆。

最初は虚無を湛えたようだった目が、だんだん座ってくる澄緒ちゃん。力ない目で応対するも、面倒そうに突き放してしまう弘隆。

打ちのめされた人間同士の会話は独特の迫力がありました。

澄緒ちゃんは夜の町に消えるも、翌日夕方、涙目で帰宅。前日の弘隆のあんまりな様子に、弘隆自身が自殺するという可能性に思い当たってしまったからでした。

この時、澄緒ちゃんは自分の誤解だったと笑っていましたが、夜の町に消えた澄緒ちゃんを放置して、夕方まで布団に包まっていたことを考えると、あながち杞憂とも言えません。※従妹が売春を仄めかしながら夜の町に消えても、弘隆が実家や澄緒ちゃんの親に連絡したような様子もありません。それぐらい無気力でした。

何処か開き直ったような態度で自分の親の問題を語り、弘隆が抱えている感情にも切り込んでいく澄緒ちゃんに、弘隆は自分の胸中を語るのでした。

この場面、モノローグで胸中が語られるわけでも、唐突に自分語りを始めるわけでもなく、前日から続く一連の流れの結果、澄緒ちゃんが深く切り込んで、弘隆が胸中を語るという物語の流れに非常に重みがあります。

弘隆が語りだす状況ゆえに、語りだしの自分の経験や価値観の話の時点で既に不思議な重みがあって、さらに弥恵にしてあげたかったことの後悔を語る頃には、重さがとんでもないことになっています。

自分自身もかなり重たい家庭の事情を背負っているのに、こんなに重たくなってしまった弘隆を引っ張り上げようとする澄緒ちゃんが凄すぎます。

 

死の重み、人間の心の重み

最終話で、「うちみたいの」をどう思っているかと質問する澄緒ちゃんと、弘隆のやり取りにまた心を揺さぶられました。

他人の恋愛には口を出さない方がいい、ただ、澄緒ちゃんは身内なのだから関わればいいという答えに、納得いかなげに振り替える澄緒ちゃん。それまで淀んだ目で答えていた弘隆が、目元をこすりながら言ったのは「だって、みんな、生きてんだからさ……どうにだってなるんじゃないの」という言葉。

このセリフに、「死」というもののどうしようもない断絶を感じました。

澄緒ちゃんの家庭の問題も、かなりずっしり重たいもので、本来どうにでもなるなんて言葉はふさわしくありません。ただ、係わりたかった相手が死んでしまって、もうどうやっても係わりようがなくなってしまった弘隆にとっては、本心からの言葉です。

この後も、「自殺」というものに対する本音での語り合い、夜の神社での弘隆の声なき慟哭に、澄緒ちゃんの不意打ちの告白と弘隆へ打ち込んだ小さな楔、「少しだけ澄緒ちゃんのことを思いやれた弘隆」と、いろいろなものが心を打ち付けていきました。

突飛な展開や、派手な演出がなくとも、人の心の機微や想いの深さが伝わるように描くことで、漫画というものはこんなにも力を持つようになるのだと、そういう意味でも感動を覚えました。

 

 

最終話で弘隆が、生と死の間で揺らぎながらも、「生きる側に傾くことのできた」という結末は、派手さはなくとも、重厚な迫真性があります。

ただでさえ扱いの難しいテーマの生々しさや痛々しさに、人間の弱さや不安定さまでを綺麗ごとで誤魔化さずに描き切ったこの漫画。物語そのものに加えて、心に訴えかけてくる力の強さに感動しました。