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シャボンと猫売り1巻 感想【ネタバレを含みます】

 

シャボンと猫売り 1巻 (ガムコミックスプラス)

シャボンと猫売り 1巻 (ガムコミックスプラス)

 

猫達が狩られる街・(ねこ)(はざま)。そこで生活する凄腕の剣道少女・渋沢なつめと、その親友の心優しき少女・立花ちひろ。

平和で平凡な学生生活を送る2人でしたが、ある夕暮れ、神社で怪我をした野良猫を見つけた2人は、謎の存在・「猫売り」と行き会ってしまいます。

独特の世界観に、様々な魅力の詰まった『シャボンと猫売り』1巻の感想です。

 

何処か幻想的な街・猫迫と、不気味で怪しい組織・防疫局

この漫画はストーリー自体はわかりやすいものの、全体の雰囲気がかなり個性的でした。

大まかなストーリーとしては、謎の存在・「猫売り」によって、親友を猫に変えられてしまった少女・なつめが、親友の少女・ちひろを救うために奔走するというもの。

しかし、その設定も、演出や表現の仕方も独特です。

2人の住む町「(ねこ)(はざま)」では、「防疫局」という組織によって猫に対する「保護と称した駆除」が大々的に行われています。当然、猫になってしまったちひろも狙われます。

 この防疫局という組織は「猫売り」とも関係があり、物語の上で重要な存在なのですが、いまいちその実態がわかりません。

 単に謎の組織というのではなく、組織自体に現実感がないといいますか、実際に存在する組織としての現実味がないのです。

かなり大規模な組織で、大々的に活動していて、行政とも絡んでいる様なのですが、高校生である2人はその存在を噂程度でしか知らない様子。

知らないのがこの2人だけかと思っていたら、その後に登場した人達の多くもその実態を知らない様子。

さらに、その本部も、巨大な銭湯と工場を合わせたかのような施設で、大量の湯気とも排煙ともつかない煙を吐き出していて不気味です。悪ふざけの様にも、理解不能な感性の産物にも思える「またたび湯」の看板も気味が悪いです。不気味な存在感ははっきりあるのに、現実感はないという異質な空気を纏っています。

防疫局に関すること以外でも、時代設定が不明。どことなく古びた「猫迫」の街並みは、少し前の時代の様にも見え、現代の様にも見え、その上で現実ではないかのような雰囲気の景色もありました。

スマホはおろか、携帯電話を使っている人もいない一方で、使っているのがノートパソコンなのかワープロなのかわからない描写と一緒に、厚みのないモニターが出てくる等、意図的な曖昧さを感じました。

猫迫という街や、その外側の世界についてもぼんやりとしていて、現実味がありません。

ただ、この「現実感の無さ」は、いい加減さ故の白けてしまうようなリアリティーの無さではなく、雰囲気のよく出ているホラー漫画のような味がありました。

「猫売り」の初登場シーンの前にも、街灯が一斉に点灯して昼の世界と夜の世界を区切るかのような演出があり、味がありました。

 

面白くて、魅力いっぱいだけれど、説明に困る漫画

上にも書いた通り、どことなく幻想的で、ところどころ不気味な味のあるこの漫画ですが、では、そのジャンルがホラーなのかというと、首を捻ることになります。

猫になったちひろを狙う防疫局の捕獲班相手に、なつめが大立ち回りをしたり、防疫局の検問を突破するために、自転車で逃走劇を繰り広げたりとアクションも派手です。

妙にかわいいシーンや、コミカルなシーンもあります。

次から次にピンチや展開の切り替わりが起こり、その緊張感はサスペンス。

なつめとちひろの絆の物語ということもできそうですし、人間が猫になるという変身物語の要素も無視できません。

あえて言うのならば、ホラーな世界観の上で繰り広げられる、笑いあり涙ありの冒険活劇といった感じにまとめたくなるのですが、それだけでは明らかに説明不足です。

物語の中に盛り込まれている要素も多く、その組み合わせも変わっています。

登場人物の精神状態の喜怒哀楽の変化も、物語の雰囲気の明暗の切り替えも多く、それなのに不思議と綺麗に全体の調和がとれています。

読み返せば読み返すほど、不思議な味わいがありました。

特に良かったのが、なつめの感情描写です。

落ち込んだり、浮かれたり、怒りが爆発したり、コロコロ表情が変わりますが、その感情変化にはしっかりと共感できました。

特に後半、「猫売り」にちひろを奪われてしまった後のシーン。打ちのめされて泣き伏して呆然自失とし、弱っているところを質の悪い2人組に襲われそうになって恐怖し、その場で2人組の片割れが口にした言葉に、怒りが恐怖を上回り爆発。危機が去った後、再び落ち込みます。

無駄なく、それでいて丁寧に描かれる感情変化の起伏とその一連の流れに痺れました。

人間臭くて、なつめの強さと脆さの両方に好感が持てます。

 

愛情と猫アレルギーのジレンマ

本当に仲のいいなつめとちひろ。回想シーンでは子供の頃の思い出なども語られていました。

この2人は学内でも「百合」認定されている様で、ちひろの方はわかりませんが、なつめの方はちひろに対して、友情以上の感情を抱いていることがはっきりと描かれています。

猫売りと行き会った夜のエピソードでは、ちひろの家にお泊りということで、ニヤケ顔になるのが止まらないなつめは可愛かったです。しかし、「ニヤニヤ」のすぐ後に「ムラムラ」、「モンモン」、「ハア…ハア…」といかがわしい擬音が続くのには笑いました。

 そんな矢先、ちひろは猫売りに渡された石鹸の泡に飲みこまれ、猫になってしまうのですが、なつめは猫アレルギーで猫ギライ。

 自分の一番好きな相手が、自分の一番苦手なものになってしまったことにショックを受けるも、なつめの愛は強し。

猫になってしまったショックに瞼を晴らすちひろを素敵な笑顔で慰めます。

 友情にしろ、恋情にしろ、このまま終われば美しいのですが、なつめは疲れて眠ってしまったちひろの寝顔に欲情。猫アレルギーにも拘らず、キスを敢行。オチはご想像の通りです。予想がついていても笑いました。

 なつめの笑顔からは猫ギライに対して愛情が、ちひろの寝顔に対する反応からは猫アレルギーに対して情欲が、それぞれ勝利する瞬間を見た気がします。

 

猫売り

この独特の世界観の漫画の中でも、特に浮いているのが「猫売り」の存在です。

何処からともなく現れて、人から猫を買います。買った猫はその場で食べてしまいます。

単純に奪うのではなく、「買う」という形にしているのも、罪悪感を煽っている様に思えてきます。

人間が直接襲われるシーンもあるのですが、犠牲者の背後にその姿が浮かびあがり、そのまま襲う演出に、昔の特撮のホラーシーンを連想しました。

一目で人間ではないことがわかる異形の姿にも拘らず、初登場時の服装はセーラー服で、別の場面では路面電車の車掌のものと思われる恰好をしていました。場面に合わせて制服を変えて来る剽軽さがまた不気味です。

 

 

ちひろの生存の可能性に、明かされる「猫売り」の正体、仇である防疫局からのまさかの協力要請と、最後まで急展開の連続でした。

猫売りの正体は“廃棄物ニュウト”と呼ばれる防疫局によって生み出された有害脂肪酸であることが明かされましたが、いままでの登場シーンからは、ミュータントというよりも、妖怪よりのクリーチャーという印象です。

それにしてもこの漫画、目次や巻末のおまけまで含めても1160ページを少し超えるぐらいなのに、体感のボリュームが凄かったです。