コミックコーナーのモニュメント

「感想【ネタバレを含みます】」カテゴリーの記事はネタバレありの感想です。 「漫画紹介」カテゴリーの記事は、ネタバレなし、もしくはネタバレを最小限にした漫画を紹介する形のレビューとなっています。

ゴブリンスレイヤー4巻 感想


ゴブリンスレイヤー 4巻 (デジタル版ビッグガンガンコミックス)

 

 ファンタジー情緒あふれる古代遺跡でゴブリン退治をし、ギルドでの昇級審査にも立ち合い、そして、至高神の大司教(アークビショップ)にして、金等級の冒険者でもある「剣の乙女」からの依頼で、ゴブリンスレイヤーは水の街へと向かいます。

 新章突入のゴブリンスレイヤー4巻の感想です。

 

「いえ、ゴブリン退治じゃありませ――」

 上のタイトルは受付嬢のセリフですが、変なところで途切れているのは、言い切る前にゴブリンスレイヤーが部屋の扉を潜って帰ろうとして、受付嬢が慌てて呼び止めたからです。

 この場面、恐らく一度入室してドアを閉じた直後のやり取りと思われるのですが、「ゴブリン退治じゃありません」と言い切る前に、180度方向転換し、一度閉じたドアを再び開く反応の速さ。

 ゴブリンスレイヤーと付き合いの長い受付嬢の想定すら超える速度と、慌てて呼び止める受付嬢の様子に笑いました。

 

昇級審査と受付嬢・立会人・監督官

 冒険者ギルドの昇級審査の立会を依頼されたゴブリンスレイヤー

 冒険者は荒くれ者で、実力第一主義的なイメージがありましたが、冒険者ギルドの昇級システムは現実的で、信用第一主義でした。当然、銀等級であることを認められたゴブリンスレイヤーは、それだけギルドから評価されているということです。

 他人の評価は一切気にしない印象のゴブリンスレイヤーですが、「それだけみんなに感謝されているってことです」という受付嬢の言葉に感じたものがあった様子なのが良かったです。

 極端に鈍い部分や、逆に突き抜け過ぎている部分が多いゴブリンスレイヤーですが、ごく普通の人間らしい部分が時折垣間見えるのが、魅力的です。

 さて、昇級審査ですが、受付嬢と立会人の他に、嘘を見破る奇跡を持つ監督官も同席。

 女神官の信仰する「地母神」とは別の、法を司るという「至高神」の齎す≪看破(センス・ライ)≫の奇跡の使い手ですが、不正を働いていた圃人(レーア)の斥候の様子からすると、普段から同席しているわけではなく、事前に怪しいことがわかっている相手を調べる時だけ同席するみたいですね。

 普段の営業スマイルとも違う冷たい作り笑いの受付嬢に、人間うそ発見器の監督官、立会人の上級冒険者ゴブリンスレイヤーと完璧な布陣。

 まず嘘をつき、形だけ頭を下げて誤魔化そうとし、ペナルティーに納得が出来ず文句を言うも正論で返され、最後は武器まで抜こうとした斥候が、完封される様子は小気味よかったです。

 殺気を向けられ内心怯えるも、冒険者ギルドの顔として、不正を働いた相手になめられない様に完璧にふるまう受付嬢。それが終わって素になった拍子に、思わずやらかしてしまった姿のギャップもかわいかったです。

 冒険者ギルドの組織としての方針や、対応の仕方、至高神の理念なども、しっかりと現実性を感じられるように作り込まれていたのも楽しめました。やはりファンタジーだからこそ、こういった部分のリアリティーは大切だと思います。

 

シンプルなのに深いゴブリンスレイヤーのキャラクター

 水の街の神殿を訪れた一行に、持って回った丁寧な挨拶から入る依頼人・剣の乙女。一方で、早く本題に入れといった態度のゴブリンスレイヤー。いつもの平常運転です。

 この場面以外にも、度々、社交性を欠く振る舞いをするゴブリンスレイヤーですが、彼の態度はゴブリン以外に興味がない「ゴブリンスレイヤー」だからと納得するだけではなく、もう少し深読みすることもできると思います。

 街を救ってくれと頭を下げる剣の乙女に「救えるかどうかはわからん。だがゴブリン共は殺そう」という返事を返し、女神官に配慮が足りないと怒られます。

 しかし、これは単にゴブリン退治以外に興味がないからではなく、ゴブリンを殺すことでさらなる悲劇を減らすことはできても、既に起きてしまったことに対する救いにはならないということをゴブリンスレイヤー自身が思い知っているからではないでしょうか。

 ゴブリン相手に軍を動かすことのできない事情を申し訳なさそうに切り出す剣の乙女。「世に悲劇はいまだ多く…救いの手はあまりに」と言葉を言いきる前に「興味がない」とばっさりと切り捨てますが、これも彼の過去を考えるとしっくりきます。

 冒険中に、ゴブリンスレイヤーが立身出世した方がゴブリン退治もいろいろとやりやすいのではないかと、鉱人道士が問いかけたことがありました。

 「考えたことはある」と返しながらも、そうしなかった理由を「その間もゴブリンは村を襲うからな」と続けたゴブリンスレイヤー

 現実主義者であるはずの彼ですが、長いスパンでの効率的なゴブリン退治のために、今ゴブリンの被害に遭っている人たちを見捨てるという道は選びません。

 それは、「大事の前の小事」と割り切ってしまえば、世界の命運やら、国の運営やらの効率のために、取りこぼされた自分の故郷で起きたことを「正しかった」と認めることになってしまうからだと思います。

 理屈で割り切ることのできない「怒り」を抱えるからこそ、今もゴブリンと戦い続ける彼にとって、国や政治の事情など、まさに「興味がない」以外の何物でもないでしょう。

 ゴブリンスレイヤーは復讐に狂った人物として描かれていますが、狂うに至った根底の部分にあるのは人間らしい感情で、心理描写や行動原理にも筋が通っています。

 シンプルなのに深い、一貫したキャラクター描写が魅力的です。

 

女神官と剣の乙女

 連日の地下水道でのゴブリン退治の合間に、法の神殿のお風呂を頂く女神官。随分大きな湯船があったので、沐浴かと思ったのですが、どうやら蒸し風呂の様です。加熱されている石が裸婦像型だったり、それに掛けるための湯船のお湯に香油が垂らしてあったり、体をはたくために白樺の枝を束ねたものが置いてあったりと、何とも風流です。

 堪能する女神官ですが、ふとした拍子に頭をよぎるのは、自分のこれまでの冒険と、ゴブリンスレイヤーの事。

 いろいろな想いが頭をよぎった後、ゴブリンスレイヤーのことを思い浮かべながらこぼした「どうすれば良いのかなぁ」。内面描写としてはやや漠然としていますが、思わず口から出たという感じが何ともリアルでした。

 私としては、ゴブリンスレイヤーの自分を顧みない危うい生き方を何とかしたくても、その方法がわからないが故にこぼれた言葉に思えました。

 いつの間にか浴場にいた剣の乙女が女神官に声をかけてきますが、蒸し風呂で熱せられた彼女の全身には無数の傷跡が浮かび上がっています。

 傷跡の形は爪で引っかかれたり、牙で噛みつかれたりしたようなものではなく、刃物で乱雑に切り付けたり、裂いたりしたような傷が大小無数に不規則についていました。

 剣の乙女は当初からゴブリンを侮った様子は見られませんでしたが、ここまでの言葉と傷跡の様子から、彼女がゴブリンの危険性をしっかりと理解している理由は明白です。

 彼女は、女神官の悩みに追い打ちをかけるように、ゴブリンスレイヤーを指して「でも、きっといつか消えてしまうのでしょうね。彼も」と不吉な言葉をこぼします。

 この場面、女神官の吐露や、剣の乙女の過去について、くみ取ることが出来るだけの描写はありますが、それらの輪郭がぼんやりとしています。

 読み終わった後に余韻のようなものを感じるのですが、その正体がいまいちつかめず、漠然とした不安だけが残りました。

 意図の分からない、ただ不安を煽るかの様な剣の乙女のセリフも不気味でした。

 

 

 水の街の景色は、巨大な石造りの外壁に、街中を巡る運河に架かった橋、活気のある人の営みと、ファンタジー情緒があふれて素敵でした。

 移動中の馬車の中で「ゴブリンスレイヤーが冗談を言った」と大騒ぎをする一行。

 失礼な現地の冒険者に、暴れたり叫んだりではなく、自分の美貌を使った搦め手で意趣返しをする妖精弓手

 各々の成長が見られる明るい場面がある一方で、女神官の不安に、剣の乙女の不吉な言葉と引っかかるものを残しながら次巻へと続きます。