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ゴブリンスレイヤー外伝:イヤーワン4巻 感想【ネタバレを含みます】


ゴブリンスレイヤー外伝:イヤーワン 4巻 (デジタル版ヤングガンガンコミックス)

ゴブリンスレイヤーのゴブリン退治も、街の冒険者たちの闘いも一段落。ゴブリンスレイヤー外伝:イヤーワン4巻の感想です。

 

注意

 この記事は、『ゴブリンスレイヤー外伝:イヤーワン』だけではなく、『ゴブリンスレイヤー』本編のネタバレも含みます。ご注意ください。

 

この頃の女神官、この頃の勇者

 担ぎ込まれた神殿で、女神官が奇跡に目覚めるきっかけになったり、今回の村の防衛戦で、さりげなく勇者の故郷を救っていたりと、後々の登場人物にも影響を与えるゴブリンスレイヤー

 女神官が初めて「奇跡」を習得する場面では、目の回るような忙しさや、冷たい水を背景に意識や精神といったものが研ぎ澄まされた彼女のただならぬ雰囲気が見事に表現されていて、やっぱり栄田先生の描写力・表現力は凄いと唸りました。

 勇者(この時点では教会で保護されている孤児)の方も、危機的状況の場面におけるお約束と言いますか、フラグを立てると言いますか、いかにも何かやらかしそうな言い訳をたくさんしていて、これはゴブリンが退治された後じゃなかったら絶対にやらかしていたなと思いました。本人はなんだかんだで生き残りそうですが。※個人の感想です。

ゴブリンスレイヤーがゴブリン退治に来なければ、ゴブリンに故郷を滅ぼされるトラウマどころか、自分がゴブリンを招き入れたせいで教会の人たちが殺されたという十字架を背負うことになっていたのではないでしょうか。

彼女の何気ない言葉で、ゴブリンスレイヤーが自分に帰る場所がある事に気が付く場面も素敵でした。

 

牛飼娘、笑顔色々

 髪を切り、心機一転して、ゴブリン退治から帰還したゴブリンスレイヤーと向き合う牛飼娘。

柔らかい笑顔を見せたり、髪を切った自分に対するリアクションについて面と向かって不満を言ったり、一気に本編の牛飼娘のキャラクターに近づいてきました。

 彼女とゴブリンスレイヤーのやり取りは、2巻で納屋の中で片目を開けたまま壁にもたれかかって休んでいたゴブリンスレイヤーを目撃し、そのままゴブリン退治へ向かう彼を見送ってそれっきりだったのですよね。

 その間に、ゴブリンに滅ぼされた故郷の村の跡地を見にいったりもしていました。それを考えると急に性格が変わったというほどではなく、しっかり心の整理をした結果でしょうか。

 とは言っても、まだまだ自然体そのものに見える本編の牛飼娘には遠く及びません。

 笑顔で「ねぇご飯作ったげようか」とゴブリンスレイヤーに持ち掛けますが、彼の鈍い反応に、続く「シチュー食べるよね?」の笑顔は本心の緊張を隠しきれていないものになっていました。

 ご飯を食べるか否かを聞いただけなのに、異様に緊張感のある空気になるのが面白かったです。「シチュー食べるよね?」の笑顔は不安と緊張を押し隠すために無理やり笑っている様ですが、不敵な挑戦者のようにも見えてしまいました。そこがまた面白かったのですが。

その後の心からの喜びの笑顔や、朗らかな「おかえりなさいっ」も大変愛らしかったです。

 

笑顔の裏にあるもの

私はこれまで牛飼娘のことを「自然体の態度や距離感を完璧に演じる少女」と思っていました。

 常人の価値観・思考回路とは隔絶した「だがが外れて」しまったゴブリンスレイヤーの隣に居て、自分の大切な人がそうなってしまったことを見せつけられて、それでも笑っていられることにすっきりと納得ができませんでした。

そして、3巻のゴブリンロードのエピソードの時に無理に笑おうとして失敗したのを見て、これまでも「演じて」いたのだと思ったわけです。

それまで、あまりにも自然な笑顔でいたことが、逆に物凄く不自然に思えて「そういう風に演じている」という答えを出しました。

 しかし、本編を7巻、イヤーワンを4巻まで読んできて、これまで持ってきた「自然体の態度や距離感を完璧に演じる少女」という印象は少し認識がズレているのではと思い直しました。

 ゴブリンスレイヤーの見ていないところで、憂い気な表情になったりすることもありますし、演じている部分が全くないとは言いませんが、私がこれまで思っていたような極端なものではなく、誰にでもある・誰でもやる範疇の「演じる」ではないかと。

試行錯誤の末にゴブリンスレイヤーとの関わり方や、最適な距離感に行きついたのは間違いないと思いますし、無理に笑っていることもありそうですが、当初私が思っていたほど極端なことをしているわけでもないのかなと。

イヤーワンで、ゴブリンスレイヤーと再会した後の牛飼娘の性格の変化を見ていると、性格が変わったというよりも、悲劇に襲われる以前の性格に戻っているという印象を受けます。元々笑顔が多く、困ったときもとりあえず笑う感じの子だった様です。

そう納得すると同時に、そうなるとまた牛飼娘の「自然な笑顔や距離感」が引っ掛かってきます。大切な人間の「たがが外れて」、自分の生きる世界とは隔絶した世界を見つめながら生きる姿を見せつけられて、その世界を理解することもできないままで、何故彼女はあそこまで屈託なく笑うことができるのでしょうか。

牛飼娘が自然な笑顔を見せる程に、そこに覚悟と、覚悟とはまた別の歪なものも感じます。それが何かもまだわかりません。

穏やかな日常と壮絶な過去。自然体で近い距離感と本質的な隔絶。笑顔とその裏にあるもの。やはりこの2人の関係には二律背反然とした趣があります。

表と裏、どちらかが嘘や幻という訳でもなさそうなのも興味をひかれる大きなポイントです。

 

この頃の蜥蜴僧侶

 21話の扉絵。書きこまれているサイコロの歌も印象的ですが、絵の方の見応えもあり、絵の内容にも凄く気になることがあります。

無数の死体が転がる平野、地上の殺伐とした様子とは裏腹に、雄大さを感じさせる広く取られた空の構図。広い空に流れる雲を照らす地平線ギリギリの高さの太陽の輝き。広く取られた空の構図と、低い光源が広がる雲を照らす様子がとても綺麗です。

朝日か、はたまた沈む夕日か。どちらかと言うと昼間に戦って日が落ちる時間になったと考えた方が自然でしょうか。

雄大な空と、殺伐とした地上の境目、光源の部分に2つの人影が。よく見るとこの片方は蜥蜴僧侶のものですね。

 周りの死体の中にも蜥蜴人と思われるものが混ざっています。戦争でしょうか。

 この場面についての説明はこれ以上ありません。この場面についてはいずれもう少し詳しい説明が欲しい所です。

 

孤電の術師(アークメイジ)

ゴブリンスレイヤーがゴブリンの巣で見つけた魔法の指輪。

その鑑定のために彼が訪ねたのが「孤電の術師(アークメイジ)」。

外観はスタイルのいい美人な魔術師といった感じです。お洒落な装飾のメガネも掛けています。しかし、この人物は相当に癖が強いです。

ゴブリンスレイヤーの持ち込んだ指輪が、自分にとって価値のあるものであると認める一方で、肝心の指輪の効果についてとりあえずの「嘘ではない説明」をしつつも重要な部分を隠している感じがします。

指輪の代金に「何でもしようじゃないか?」と自分の体を対価とすることを仄めかしますが、「ゴブリンを殺すのに役立つものを貰いたい」というゴブリンスレイヤーの返しに爆笑。さらにゴブリンスレイヤーの追い打ちもあり、椅子から転げ落ちてのたうち回りながら大笑いします。

さらに後日、体で払えと言われていたら、幻術と忘却術で適当に誤魔化して帰すつもりだったことが判明しますが、「『体と言ったらどうしていたんだ』とは聞いてくれないのかい?」と話を振って、わざわざ自分からネタばらしをしています。

他にもゴブリン相手に臭いを消すために、ゴブリンの死体の腹を裂いて血を浴びたりもします。後に女神官や妖精弓手も被害者になる匂い消しの元祖ですが、ためらいもなく血を浴びた上に、何処か誇らしげにキラキラした目でゴブリンスレイヤーの反応を窺う様子も普通ではありません。

虚実入り乱れていると言いますか、元々変人である上に、胡散臭いのをあえて隠さず、人を煙に巻いて手玉に取ろうとするかのような処世術染みたものを感じました。

あと、笑い上戸なのは間違いなさそうですね。

 

 

今回、少し気になったのは、牛飼娘は彼女の両親の仇をゴブリンスレイヤーが討ったことについては知っているかということです。今のところ話した様子はありませんが、本編の時点で知っているのかも気になります。ゴブリンスレイヤーもわざわざ話したりはしなさそうですが。

牛飼娘の場合、仇そのものの事よりも、仇を討ったことがゴブリンスレイヤーにどう影響を与えるかといった事を気にしそうですが、知っているのかいないのかという点が少し気になりました。
 
やはりイヤーワンはゴブリンスレイヤーと牛飼娘の関係が気になります。今回描かれた分も素晴らしかったですし、本編の関係と距離感になるまでの紆余曲折が楽しみです。