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セントールの悩み20巻 感想【ネタバレを含みます】


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 てっきり修学旅行編が続くのかと思っていたら、1つ目のエピソードでまさかの帰宅。

 少し出端をくじかれましたが、それはそれとして今回も色々面白く、いろいろと濃いセントールの悩み20巻の感想です。

 

タワンティンスーユの社会と両生類人事情

 160話はタワンティンスーユで暮らす両生類人たちのお話。

 職場で哺乳類人に絡まれる両生類人の場面から始まったため、私はてっきり、両生類人と停戦したばかりの隣国・ブラジルでの話だと勘違いしていました。

 というのも、これまでタワンティンスーユの描写や情報は少なく、現地の様子がじっくりと描写された16巻・117話のエピソードの印象から、もっと両生類人と哺乳類人が仲良くやっていると思っていたからです。

 その回は、外国からタワンティンスーユに移り住んだ少女目線で、タワンティンスーユの様子が描かれていました。

 哺乳類人と両生類人が同じ制服を着て学校に通い、哺乳類人と両生類人の警官が肩を並べて警備任務についていました。学友たちも両生類人がいるのが当たり前という様子でしたし、哺乳類人と両生類人のカップルまで登場しました。

 そういう国という印象を抱いていたため、ギスギスした職場の雰囲気から隣国の話だと勘違いしてしまいました。

 仕事明けに両生類人の2人が、同胞の経営するバーに行き、両生類人のスター選手が活躍するサッカーの試合を見ながら一杯ひっかける様子に、「あれ?ついこの間停戦したばかりなのに両生類人たち馴染み過ぎじゃないか?」と疑問に思いながら読んでいると、会話にタワンティンスーユの国名が出てきて、ようやく勘違いに気が付きました。

 タワンティンスーユは南極人を神と崇める国ですが、統治しているのはあくまでも哺乳類人ですからね。

 ついこないだまでの隣国とは違い、人権は認められていますが、両生類人の社会進出はごく最近のことで、既得権益を巡っての対立があるようです。

 タワンティンスーユ政府にも両生類人を優遇したい政治的事情があり、この辺りの話が前半の酒場での会話と、後半のニュース番組で分かりやすくかつ自然にまとめられているのが流石です。

 「この世界」のアステカ帝国や、タワンティンスーユ帝国は、南極人の助力でコンキスタドールの侵略を退けたとのことでしたが、「侵略者色」のせいで苦労したと言っていたコメンテーターの方は、故郷に帰れずに帰化した侵略者の子孫なのでしょうか。

 最後にテレビを見る恭子たちの1コマで終わるのも、海の向こうとの世界のつながりが感じられて好きなポイントです。遠い国で起きていることを他人事だと感じることも多いですが、海の向こうの出来事も、同じ世界での出来事ですからね。

 

御牧さんの弟・駿くん

 165話は御牧さんの弟である御牧駿くんのお話。登場だけなら今までに何度かありましたが、クローズアップされるのは初めてです。

 病気の薬の副作用で髪がないことをクラスのいじめっ子たちから揶揄われ、虐められる少女・今日沢さんを颯爽と助けます。

 「いい子ぶりっ子」のレッテルを張ってやり込めようとするいじめっ子も真っ向から正論で論破。その態度には迷いも衒いもなく堂々としています。

 恭子基準だと並の中学生よりも精神的に発達していると判定できそうです。※14巻100話の恭子と鴉羽さんのやりとり参照。

 年下の子供達への気遣いもできて、言葉使いも丁寧で大人びています。小学生にして非の打ち所がない好漢ぶりが凄いです。

 彼らの両親も自分たちの子供が勉強できるようになったのは、御霊さんの影響だと分析していましたが、丁寧な言葉使いや、外交的な対応のそつのなさも、御霊さんの影響である気がします。

 御霊さんは中学生の時点で、平日の動物園にちーちゃんを連れて行っても、保護者判定されて誰にも呼び止められないくらいでしたからね。

 後日テストで満点をとった際に、再びいじめっ子に絡まれますが、この時の返しがまた痛快です。

 勉強をする理由、医者になるという将来の夢、駿くんの一言一言をいちいち揶揄するいじめっ子の言葉に淡々と返しつつ、付け入る隙を与えません。

 「大事な子を助ける」ために医者になると決めている彼は、人を嘲ることしかできない人間に嗤われても全くこたえない様です。

 「誰も出来ないことなら、自分でするしかない。できるようになるしかない。勉強が役に立たないって人は、それくらいの人生だったってだけだよ」と話を締めます。

 他にも色々と言っていて、いじめっ子に対して痛烈な皮肉にはなっていますが、読者目線では、全く嫌味に感じないのは彼の人柄だと思います。

 駿くんが口先だけの子供ではなく、日々努力を積み、過去の自分を乗り越えて成長してきた芯があるからでしょう。言葉っていうのは、その内容が正しいかだけではなく、誰が言うかも重要ですよね。

 駿くんが助けたい大事な子というのは御霊さんの妹の末ちゃんのことですが、苦しそうな末ちゃんを前に、誰か「何とかしろ」と喚くことしかしなかったかつての自分を思い返す場面での彼の表情は、小学生の顔ではありませんでした。

 

駿くんと今日沢さん

 その後、病気の今日沢さんは「しばらくお休みする」ことになりました。

 クラスを代表して会いに行った駿くん。彼の将来の夢に触れて「きっとなれるよ。私は間に合いそうにないけど」と話す今日沢さん。

 ここでとっさに励ませるのは、まだ子供だからだと思うべきでしょうか、それとも、彼だからだと思うべきでしょうか。きっと両方ですね。少なくとも私だったら何か気の利いたことを言えそうにはありません。

 髪の毛が抜ける副作用の薬、入院、彼女の言葉。医療に疎い私でも思いつく病名が1つだけあります。

 この回の今日沢さんの最後の言葉は「またね」でした。もしこれが本当に最後の言葉だったら、悲しすぎます。

 死が明示されたわけではないですが、行間を読むと言いますか、コマの間を読んだ感じだと、悲壮感がひしひしとくるのですよね。

 

鴉羽さんの眼力……ではなく目力の話

 いつの間にか裁判の終わっていた鴉羽さん。

 姉を虐めていたグループ相手に裁判をしていたわけですが、「やっと」終わったと言っていましたが、いくらなんでも終わるのが早くないかとびっくりしました。

 鴉羽さんが絡まれたり、裁判を決意したりした回を読み直してみると、みんながその前後の話と季節感の違う格好をしていて、時系列がすっきり特定できませんでした。まあ、そこはそれほど重要な部分ではありませんね。

 相手方が法廷で馬鹿なことをやったり、犯罪的な手段で仕掛けてきたので鴉羽さんが殺意の高い対応をしたりと、いろいろあったみたいです。

 さて、そんな場外乱闘でも大活躍だった鴉羽さんの「眼力」ですが、彼女はその秘密を誰にも打ち明けていない一方で、割とあっちこっちで使っています。

 警察沙汰になった事件もあったでしょうし、超能力の類なので常識的な人ほど盲点になりそうですが、今回みたいな使い方はバレる危険性を感じていないのだろうかと、そんなことを考えながら読んでいました。

 それもあって、166話では愉快な勘違いをさせられてしまいました。

 綾香ちゃんの家で、お風呂を頂くことになった鴉羽さん。何故かお手伝いさんまで一緒になります。

 その時に、「それにご友人は尋常の方ではないようですし」とお手伝いさんが口にした次のコマで、もの凄い目でお手伝いさんを見る鴉羽さんの1コマがありました。

 私は当初、お手伝いさんが鴉羽さんの異常性に何らかの理由で気付いたと、鴉羽さんがそう思ってそういう顔をしたのだと思っていました。

 しかし、どうやら鴉羽さんはお手伝いさんの胸をガン見していた模様。凄い目で見ていますが、確かにお手伝いさんを睨んだにしては目線の角度が低すぎます。それにしても、目力が凄すぎです。

 お手伝いさんの言った尋常の方ではないというのも、そういう意味での発言だったようですが、この場面、私がした勘違いは意図して誘発されたものの様です。

 この仕掛けは存分に楽しませていただきました。一度勘違いして、そこからの落差があったからこそ、鴉羽さんのガン見ぶりと、目力にはより一層笑わせていただきました。

 

おまけページ:哺乳類人の起源を再び学ぶ

 テーマだけではなく、そこに仕込まれた小ネタや仕掛けも面白いオマケページ。

 最後の「人類はなにゆえ人類か」の項でゾッとしました。

 正常化社会保全局の再教育プログラムというのは、洗脳という言葉でも生ぬるいものの様です。こんなものがいきなりさらりと出てくるのが、この漫画の怖さであり、面白さでもあります。

 

 

 駿くんのエピソードの際に、少し引っかかることがあって11巻を読み直したのですが、引っかかっていたことよりも、御牧母のアンチエイジングぶりに驚きました。

 さて、鴉羽さんは裁判には勝ちましたが、彼女の家族の抱える問題が解決したわけではありません。

 ニルちゃんの芸能活動がお休みになった理由の爆弾騒ぎも気になります。

 この漫画は、いわゆる日常系と呼ばれる漫画としても、社会派の漫画としてもかなり癖が強いと言いますか、異端とも言えるくらいの変わり種です。

 しかし、人の営みを描く漫画、本当に広くて根本的な意味での社会を描く漫画として、これほどのものを私は他に知りません。

 「この世界」の登場人物たちの抱える問題だけではなく、現実の私たちの社会が抱える問題も、日常に垣間見る不合理も、日々の生活の中のもやもやもたっぷりあります。ネタが尽きることはないでしょう。

 次の巻も楽しみです。