コミックコーナーのモニュメント

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セントールの悩み5巻 感想


セントールの悩み(5)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

 

 「この世界」だからこその場面が、私たちの世界に対する風刺にもなっていて面白い、セントールの悩み5巻の感想です。

 

南極人の謎、南極人にとっての謎

 25話ではスーちゃんが、南極人の友人と待ち合わせ。

 声を掛けられた際に、体は綺麗に正面を向いたまま首だけで真後ろを振り返り、南極人の首の柔軟さを見せつけてくれます。

 雑誌などを参考にしたのか、友達に聞いたのか、ファッションの勉強もしている様子。

 この巻で登場する服装だけでもいくつものバリエーションがありますが、南極人サイズのネックウォーマーをつけていたり、マフラーを巻いていたり、首回りがポイントでしょうか。この回のマフラーもただ巻き付けるだけでなく、かわいい結び方をしています。

 この回では本に書かれていることと実際の差異といったものや、フィクションとリアルの違いといったものについて、うまく理解できない友人に、スーちゃんが哺乳類人の文化をレクチャーしているようですが詳細は不明。

 2人のやり取りが、発音不明で言語かどうかも怪しい記号と、抽象的な図式と、フリガナのようなほんの僅かな英単語だけで行われているからです。

 日本式のつもりでやった挨拶やボディランゲージにことごとくダメ出しをされ、哺乳類人の文化の参考資料として、同人誌と思われるうすい本を袖口から取り出す友人氏。

 なかなかにユーモラスです。

 コーヒーショップに入るときに頭をぶつけたり、コーヒーの熱さに驚いたり、難解な哺乳類人の文化を前にして、スーちゃんと一緒に首を傾げたりする様子もかわいいです。

 2人の対話では謎記号を吹き出しでやり取りする以外にも、謎のプレートを解したものがありました。

 やはり、謎の記号というか、文字というか、迷路のような図形の描かれたプレートを受け取ったスーちゃんが、記号の間に道筋のようなものを刻んで、友人に返し、それを友人がパキリと折るなどのやり取りが。

 これまでの世界観の作り込みからして、記号1つ1つにもちゃんと意味がありそうですし、最後のプレートをへし折る行為に何の意味があったのかも気になります。

 我々にとって当たり前の日常の中の非合理的な部分、非論理的な部分が南極人には理解しがたいようですが、南極人の文化も謎が多いです。

 

日本人馬と流鏑馬

 28話は日本人馬と流鏑馬のお話。姫乃の後輩の若牧綾香が登場。

 威勢のいい後輩といった感じですが、姫乃ととことんかみ合っていないのが笑いを誘います。

 姫野に対して挑戦的にふるまいますが、正論で怒られて思わず謝ってしまったり、紹介の最中に頭を撫でられたり、挙句には正面から闘志をぶつけたにもかかわらず、対する姫乃は「うん。がんばろーね」といったリアクション。語尾にはハートマークまで付いていました。

 そんな姫乃の反応に地団駄を踏む様子が不憫でかわいいです。

 流鏑馬競技会が絶対数の少ない人馬が、同じ人馬の嫁や婿を探すためにできたものだとする羌子の見解に、スーちゃんが「つまり生殖のためと」とコメント。

 普通だったら話しにくいはずの内容でも、大真面目に切り込んでいけるのは、日本どころか哺乳類人の文化圏の外から来たスーちゃんならではの強みですね。

 そして、協議会当日。会場も人馬形態が多めですが、ここでも人目を惹くスーちゃん。姫乃父の「(南極人に対して)知的好奇心はあるけれど、女子高生だと思うと気後れするから、自分の代わりに奥さんに話してきてもらう」という反応が面白かったです。

 羌子の秘策のおかげで、競技会で結果を出せて、姫乃とデートもできた綾香ちゃんですが、その後ろには尾行する友人たちの姿が。肝心のデートの中身が描かれなかったのが残念でした。

 それにしても、最後の尾行シーン、スーちゃん隠れる気ないですね。首から上が全部見えていますし、姫乃と目が合ってもノーリアクションですし。

 

西洋人馬と奴隷解放

 29話は西洋での人馬解放にまつわる歴史エピソード。

 ヴォナパルテはそれまで奴隷として扱われてきた人馬たちを牢から解放し、身振り手振りをふるって耳障りの言い演説をしました。

 しかし、人馬が言葉を解するのか部下に確認していますし、本当に対等な人間として人馬を見ていたのかは疑問が生じます。

 ヴォナパルテの部下が解放された人馬たちを扇動する為に、サクラらしき人馬にアイコンタクトをする場面で、アイコンタクトを受けた人馬が声を上げるまでに1コマの間がありました。

 単なる時間の経過や、動作の連続性の表現にしては、この1コマだけ背景が真っ黒なのが意味ありげです。暗い背景の中で俯くこの人馬はこのとき何を思ったのでしょうか。

 奴隷解放そのものが目的というよりは、虐げられてきた人馬を利用してやろうという策謀が透けて見えますが、上層部の思惑は何であれ、西洋の人馬たちは、奴隷としてではなく人間の兵士として戦争へ赴きます。

 虐げられてきたことに対する怒りの矛先が与えられ、ようやく認められた自分たちの人権を守るための戦いでもあるわけです。

 士気の違いは言わずもがな、それに加えて人馬形態の質量と圧倒的な突進力。

 土嚢の壁を飛び越え、頬をかすめる弾丸にもかまわず切りかかる人馬兵の気迫が凄まじいです。

 次々と仲間が倒れる状況でひるまず突撃する人馬兵たち。騎馬扱いされていた敵側の人馬の決死の反逆。高台から見下ろすヴォナパルテ。戦場跡に横たわる大量の人馬兵の死体。歴史の生臭さを感じます。

 各地で呼応する人馬の反乱、ヴォナパルテの人馬兵団に対抗するために人馬解放を進める国も出てきて、西洋での人馬解放への流れとなります。

 結果として、西洋の文化圏で奴隷とされていた人馬は確かに解放されたわけです。

 奇麗ごとではない歴史の流れが1つ1つ説明されるこの生々しさも、姫乃たちの楽しげな日常とはまた別にこの作品の醍醐味だと思います。

 

 

 毎度毎度、読むたびに何回も同じことを思うのですが、この作品は視野が広いというべきか、視点が多いというべきか。何かを見せられるたびに改めて驚いている感じがします。

 1つの世界を作り上げ、進化、歴史、社会、文化と多方面に掘り下げているSF的な部分だけでもびっくりするくらい細かく作られています。

 にもかかわらず、楽しげな部分や、相反する生々しい部分も込みで日常もしっかりと描かれ、私たちの世界にも当てはまる、社会のもやもやした部分に対する考察も鋭い。

 今回は概念上の存在としてではなく、はっきり実在する存在として御霊神社の神様まで出てきました。

 5巻の時点で既にとんでもない規模で話が膨らんでいますが、世界観の作り込みや、考察の深さといった部分に説得力があるので、収拾がつかなくなったりはしないだろうなという安心感があります。