コミックコーナーのモニュメント

「感想【ネタバレを含みます】」カテゴリーの記事はネタバレありの感想です。 「漫画紹介」カテゴリーの記事は、ネタバレなし、もしくはネタバレを最小限にした漫画を紹介する形のレビューとなっています。

セントールの悩み11巻 感想


セントールの悩み(11)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

 

 姫野の周りも、世界情勢も、南極人関連も、それぞれ大きな変化がありました。

 私たちの世界とは似て非なる、でもやっぱり似ている部分もある「この世界」の様々な形の「日常」が描かれる、セントールの悩み11巻の感想です。

 

入学、入学、入学

 69話は姫野の流鏑馬道場での後輩、綾香ちゃんの高校入試の合格発表からスタート。

 姫野と同じ高校に無事合格となったわけで、部活動の勧誘に来ていた姫野にさっそく挨拶に行きます。

 姫野がいるから弓道部だと思っていたのに、渡された入部届けが「オカルト科学部」。

 入部届けを見てまず手違いだと思い、次に部活の掛け持ちだと思い、ついに姫野が高校で弓道をしていないことに気付いて爆発するまでの流れが面白かったです。地団太再び。不憫かわいいです。

 他にも御霊さんを慕って追いかけてきた後輩たちも合格していたり、紫乃ちゃんや、ちーちゃんが小学校に入学したりと、「身近な日常」パートの人間関係や舞台が大きく変化。

 71話で妹の学校生活を心配する御霊さんに、御牧さんが列挙した「ちーちゃんがどこでもうまくやっていける理由」は説得力がありすぎて笑えました。

 物語に新しい登場人物が増えるというのは一種の化学反応で、人間関係や会話の転がり方も変化していきます。

 この漫画は登場人物たちの掛け合いを通して、社会や人生をはじめとした様々なテーマについて語られることが多いので、「新キャラ登場」=「ディスカッションメンバー追加」という印象があります。もちろんその掛け合いが楽しみなのですが。

 

両生類人武装蜂起

 海の向こうでは両生類人と現地の哺乳類人の対立が激化。

 娼館に囚われていた両生類人の女性の救出から、武装蜂起の宣言へと一気に話が進みました。

 娼館を襲撃し制圧する場面で描かれていますが、市街戦や室内戦でも両生類人の4本腕は有利ですね。

 現地の哺乳類人の多数派は、両生類人を「人間以下のただの動物」扱いしているようですが、娼館襲撃の手際の良さや、その後の撤退の様子は明らかに軍事的な訓練を積んでいて、さらには動画サイトを使って世界に向けて自分たちの主張を発信。

 ルソーさんのアドバイスもあったようですが、ノウハウやテクノロジー流入に関してもいろいろと想像力が掻き立てられます。

 既に現地の哺乳類人と両生類人は対立していたわけですが、外部の哺乳類人を巻き込んで「ただの紛争」という形にしようと考えるルソーさん。

 外部を巻き込むのには、戦局を有利にする意味もあるのでしょうが、「種族間抗争」という形になることをルソーさんは非常に恐れています。どうやらそれは南極人にとって都合の悪い展開であり、最悪消されかねないとのこと。

 ルソーさんは、南極人がどのような動きを見せるかの予想をするなど、南極人の行動理念や目的についても随分と詳しい様子。哺乳類人と両生類人、その両方の視点を持つからこそ気付いたことがあったのか、それとも南極人について何か知っているのでしょうか。

 彼が何を知っているのか、どのような経緯でそのことを知るに至ったのかが気になりますが、やはり今の段階では語られない様です。

 

ニルちゃん、アイドルを目指す

 ニルちゃんがアイドル事務所のスカウトを受けてレッスン開始。

 73話では姫乃たちがニルちゃんの所属事務所を訪れます。

 ダンスレッスンの体験で室内用の蹄鉄に履き替えたり、尻尾も込みでの振り付けだったりと相変わらず描写が細かいです。

 様々な形態がいる世界観や風景には、既に慣れてしまっているのですが、ふとした拍子に意識するとやっぱり描写の細かさに驚きます。

 特に気になったのは、人魚のボイストレーナーの人が、長耳人の特徴の出ている混合形態だったこと。

 やはり陸の町で暮らす人魚は、片親が他形態のケースや、両親とも他形態の先祖返りのことが多いのではないかと思い、そのことに気付くと、ただの人魚ではなく「長耳人魚」であるという演出のさりげなさに驚きました。

 さっそくスカウトされる姫乃とプロデューサーのやり取りや、羌子の切り返しも面白かったです。

 そして肝心のニルちゃんですが、かわいい。

 南極人とは思えないほど、自由人で快活。歌を褒められて得意気にしたり、「もっとほめて」といったリアクションをとったり、かわいいです。スーちゃんとの関係もいい味が出ています。

 そんなニルちゃんはアイドルを目指しているわけですが、「アイドル」という言葉とニルちゃんを並べたときに頭をよぎるのは、難民の少女セディバの存在。

 10巻の「夕霞基地」に行きたがったことといい、セディバの件を引きずっているのは間違いないのですが、ニルちゃんの内面がはっきりと描写されないため、どのような想いでアイドルを目指すという結論に至ったのかが謎のままです。

 歌手を夢見たセディバの夢を自分が引き継ごうという想いで、派遣先の日本でアイドルを目指すことにした。

 あるいは、社会的に影響力を持った後で、某国の件を世論に訴えようと思っている。

 両方かも知れないし、全く別の考えがあるのかもしれません。

 セディバのことを引きずっていることは想像できるのですが、ニルちゃんはそのことを表に出しません。

 ニルちゃんが何を考えて、どのような想いでアイドルを目指しているのかが気になります。

 

南極人特集

 おまけページの南極人特集は公式の情報として描かれているものの、読者視点の公式ではなく、作中の「この世界」の哺乳人類にとっての最新情報。

 説明の文章のニュアンスを通して、南極人のことだけでなく、南極人について記す哺乳類人の社会について描写しています。

 つまり、いつものおまけページなわけですが、やはりこういった情報の見せ方がうまいというべきか。この作品らしいというべきか。

 南極人が哺乳類人世界を裏で操っているという説が公に「陳腐な陰謀説」扱いされている一方で、実際には南極人は哺乳人類を含む世界を「管理」しようとして、裏でいろいろ暗躍しているというこのブラックさがたまりません。

 それ以外でも、気になったのが南極人特集<9>に載っていた遺跡のレリーフの話。

 解説の文章では処刑を現しているという説明でしたが、レリーフの絵を見ると脳手術か脳解剖をしているように見えました。

 作中の説明が必ずしも正しくはなく、それでいて想像力を掻き立てるヒントをいろいろな場所に仕込んでおくやり方は、読み返したときに新たに気付くこともあって楽しいです。

 

 

 ニュースにしろ、書籍にしろ、その情報が何処から齎されるものかによって情報の正確さや、方向性は変わります。

 当たり前ですが、客観的で正しい事実だけが伝えられる訳ではないわけです。

 客観性を持とうとしているが間違っている、嘘は言っていないが恣意的な解釈をしている、もっともらしいことを言っているが出鱈目で真実からは程遠い場合等々、私たちに日々齎される情報は必ずしも正しいわけではありません。

 身近な日常から、海の向こうのこと、はたまた世界の裏側まで、この作品は世界観を見せる際に、個人のそれぞれの物の見方や、出版物など「公式」の情報、読者のみが見ている裏側の場面など、情報の見せ方を巧みに使い分けています。

 細かい部分まで作り込まれた世界観と並んで、情報の見せ方が巧みなことがこの漫画の面白さのポイントだと思います。