コミックコーナーのモニュメント

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虚構推理 鋼人七瀬編後半(4巻・5巻・6巻) 感想


虚構推理(4) (月刊少年マガジンコミックス)


虚構推理(5) (月刊少年マガジンコミックス)


虚構推理(6) (月刊少年マガジンコミックス)

 

 鋼人七瀬による犠牲者が出たことがネット上で話題になり、虚構から生まれた「想像力の怪物」を虚構に返して消滅させるという作戦の難易度も跳ね上がってしまいました。『虚構推理』鋼人七瀬編後半の感想です。

 

都市伝説から世界の危機

 鋼人七瀬によって被害者が出てしまったということそれ自体も重たい展開ですが、鋼人七瀬が殺人を犯したということが、単なる被害拡大では済まない事態に繋がります。

 実際に人が死んだ事件として全国的に話題になったことで、「鋼人七瀬まとめサイト」の書き込みも増え、「想像力の怪物」として異常な成長速度を誇っていた鋼人七瀬の成長はさらに加速。

 このまま放っておけば、その日の内にも、ただの都市伝説としては処理できないレベルの被害が出るかもしれません。

 そればかりか、鋼人七瀬の存在が公に認められてしまえば、怪異が実在するということも公になり、怪異の世界と人間の世界のバランスも根本から崩れかねません。

 この状況は世界の危機と言っても大げさではない事態ではないでしょうか。

 琴子の言った「鋼人七瀬が巨大化して大暴れ」の例えは突飛であるものの、紗季さんの「現実ってこんなにたやすく食い破られるものだったの?」というセリフもあり、まさに風雲急を告げるという感じがよく出ています。

 琴子のポジションが単なる妖怪のトラブル解決役ではなく、知恵の神という秩序の守護者であるという事も、この場面で強く印象付けられました。

 

六花さんとさりげない「ぞくり」

 鋼人七瀬の事件の裏にいたもう1人の未来決定能力者・桜川六花。

 犯人側にも九郎と同じ未来決定能力者が出てきたことで、確率の絡む曖昧さや、集団心理の流れ方など、細かい部分で引っかかりを覚えることなく、実にすっきりとした気分でミステリーパートを楽しむことが出来ます。

 この作品はミステリー要素の説明や、細かい部分の補填もしっかりとしていますが、何よりも、読者がすっきりとした気分で読めるようにという心遣いを感じます。

 六花さんについては、そのビジュアルから「彼岸花・曼殊沙華」を連想しました。そこにいるだけで、美しさと同時に不気味さ・不吉さを感じさせる存在感があります。

 名前の由来については特に言及されていませんが、九郎と六花さんの名前から、2人の実家である桜川家の闇を感じます。

 件の能力を持った不死身の人間を作ろうと、実験で大勢の人間を死なせてきた桜川家。その実験を九郎の祖母が引き継いでいたことが2巻で語られていました。

 それを踏まえると、姉弟ではなく、従姉弟である六花さんと九郎の2人の名前にそれぞれ「六」と「九」という数字が入っているのが、実験台にナンバリングをしているように思えて「ぞくり」としました。

 九郎の両親は何処まで知っていたのか、桜川本家が今どうなっているのか、その辺りの事情が気になります。

 

解決編のシチュエーションが凄い

 不特定多数の人間たちの想像が実態を持った「想像力の怪物」である鋼人七瀬。その事実上の本体である「鋼人七瀬まとめサイト」。

 琴子は閲覧者たちに、「鋼人七瀬などいない」と納得させるための虚構、「解決案」を提示していきます。

 鋼人七瀬による犠牲者をこれ以上出さないために、不死身の九郎が鋼人七瀬と戦い続けて足止めをし、死ぬたびに「件」の能力を使用し琴子の解決案が支持されるようにサポートします。

 被害を押さえ、事件を解決するための作戦としては理にかなっていますが、探偵役の推理が全部嘘であることが予め宣言されている上に、助手役が化け物とひたすら殺し合っている解決編には物凄いインパクトがありました。

 

鋼人七瀬攻略戦

 鋼人七瀬と九郎の殺し合いの傍らで、まとめサイトの閲覧者たちへの工作を続ける琴子。

 「事件の状況を作り出せるトリックと具体的な犯人像」、「亡霊・鋼人七瀬の成仏を願わずにはいられないストーリー」、「死んだアイドル・七瀬かりんと亡霊・鋼人七瀬の間にある食い違い、それを説明できる仮説」等、次々と解決案が提示されていきます。

 細かいところまで論理的な説明が行き届き、行動の理由や動機といった心理面の説明も納得のいくものでした。

 しかし、犯人が誰かも、解決案が嘘であることもわかっているせいか、一般的なミステリーの解決パート、「犯人はお前だ」と糾弾する場面のようなドキドキ感は感じることなく読み進めていました。

 絵は綺麗ですし、ロジックの筋も通っていますが、何となく単調に感じながら読んでいたところで、「解決第四」にやられました。

 今までの解決案は、黒幕を逃げ場のない罠に追い込むための布石。ミスリードにしっかりはまってしまいました。

 亡霊である鋼人七瀬の存在を否定するために「七瀬かりんが実は生きていた」という説を持ち出すところまではそれ程驚きませんでしたが、「入れ替わった別人の死体にあった喫煙の痕跡を誤魔化すために、七瀬かりんにも喫煙の習慣があったかのように見せる必要があった」という仮説の異様な説得力に驚きました。※実際は大嘘で七瀬かりんが喫煙者だっただけです。

 さらに、サイト閲覧者に「鋼人七瀬の存在を否定する解決案を提示し説得する」のではなく、「鋼人七瀬はいないという前提で推理合戦させる」という方法で「想像力の怪物」を倒すというのも予想外。

 さらにさらに、ダメ押しの「鋼人七瀬まとめサイトの管理人が、死んだはずの七瀬かりん本人である」という大嘘にしびれました。

 確かに、黒幕こと六花さんは「ある程度」「未来を選ぶ」能力を持っているわけですから、選べる未来の選択肢がないところまで追い立てるのも、実際に追い詰めるまでそのことに気付かせないのも必要な作戦です。

 琴子の解決案をことごとく否定する立ち回りも、管理人が自身の生存を隠したい犯罪者だからだと言われてしまえば、そのように見え、死んだと思われていたアイドルが実は黒幕だったという話は、サイト閲覧者の興味を引く魅力的な「事実」になります。

 ミスリードさせた理由にも、ハッタリの大嘘にも、すっきりと納得できるだけの筋が通っているのがとても魅力的でした。

 ミステリーの解決パートで、自分の推理が当たっていると気分がいいものですが、自分にとって完全に予想外の解答が、ここまで綺麗に組み上げられるのも、見ていて気持ちのいいものでした。

 

 

 黒幕は野放し、実行犯は跡形もなく消滅、実行犯を生み出した不特定多数の人間たちは事件への関与に無自覚のままと、事件の結果を挙げていくと引っかかりを覚えますが、その割に読後感はすっきりとしたものでした。

 鋼人七瀬が消滅した直後の妖たちによる琴子の胴上げの楽しげな様子や、九郎との過去に踏切をつけることのできた紗季さん、琴子と九郎の楽しげなやり取り、そして、最後までさんざん引っ張ってからの九郎の渾身の一撃に照れる琴子と、物語の幕の下ろし方も絶妙なさじ加減でした。