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魔女の下僕と魔王のツノ11巻 感想【ネタバレを含みます】


魔女の下僕と魔王のツノ 11巻 (デジタル版ガンガンコミックス)

 

 魔王と和解し、ロイドとエリックのカップルも成立。

 ふとした話題の転換から、話は魔女ビビアンとベティの関係へと飛び、さらに、ベティがお姫様であったことまで明かされました。

 魔物となって故郷を追われたアルセニオが、ビビアンとベティに出会った過去が明かされる魔女の下僕と魔王のツノ11巻の感想です。

 

アルセニオとベティの出会い

 アルセニオが故郷であるイスパニアを追われたことや、日常的に安眠の魔導具を必要とするようなトラウマを抱えていたという話は、これまでにも出てきました。

 今回はイスパニアを出た後のことが語られましたが、想像以上にひどい目にあっていて、びっくりしましたね。過去編でありスピンオフでもある『教国のレクエルド』も本編と温度差がありましたが、今回の回想はそちら側の温度でした。

 イスパニアを出た後も魔物として追われ続け、各地を転々としたアルセニオは、魔女ビビアンの名を語る詐欺師に騙され、捕まります。

 自分が本物の魔女であると顧客に信じさせるために、アルセニオの皮をはいで「決して燃えない獣皮」の魔導具であると騙る詐欺師。

 人の皮を剥いでなめすという発想の時点で十分に残酷ですが、それを躊躇なく実行できてしまう詐欺師の残酷さは際立っています。実際の行為を想像しても痛々しいです。さらには、暗い地下牢に閉じ込められ、飢餓に苦しめられ、そこで投げかけられる残酷な言葉の数々。

 人間の醜さに絶望し、自分が魔物であるという事実に追い詰められ、身も心も暗い場所に囚われたアルセニオを助けたのは、自分の騙りをぶっ飛ばしに来たビビアンとベティでした。

 逃げ場のない地下牢で、人としての尊厳を奪われ、徹底的に「全部(魔物である)アンタが悪いの」と責められ続け、トノコ教徒であったからこそ、それを否定しきれずに追い詰められていたアルセニオ。

 それを牢から解放するだけではなく、その心すらも助けたビビアンとベティ。

 単純に酷い日々から救出されたという話や、悪人に捕まっていたのを解放されたという話だけでは終わらず、心理描写に深みがあるのが素敵でした。

 その分残酷さも際立っていましたが。

 

万能魔女ビビアン

 これまで物語開始時の場面と、わずかな回想のみでの登場だった万能魔女ビビアン。

 アルセニオたち一行が魔王のツノを求めていた理由がこのビビアンを救うためでした。

 物語開始時にアルセニオが魔物のままであったり、「炎を使うのか、相性が悪いね」のセリフからも得手不得手がある事がわかったりと、完全無欠の万能ではなさそうですが、それでも自由に動ける状態であったのなら、「物語」というものを形作るのに支障が出そうなぐらいには万能な様子。

 そもそも、この物語は魔女ビビアンが目を覚ませば、登場人物たちの抱える問題の大部分が解決するという所がスタート地点なので、当たり前といえば当たり前なのですが。

 他の漫画や物語でも、「物語のバランスが崩れかねない埒外の能力を持ったキャラクター」の場合、必要以上にストーリーに介入させない様になのか、悟りきって隔世していたり、浮世離れした性格だったりというパターンが多い気がします。

 しかし、ビビアンは大らかで器の大きさを感じさせつつも、人間味の感じられる性格でした。

 反抗的で学習意欲のない幼き日のベティに手を焼いたり、救出直後のアルセニオの記憶を読み取って、そのあんまりな内容に気分が悪くなったりと、いろいろと面白い彼女の反応は楽しめました。

 

アルセニオとベティとビビアン

 地下牢から解放されて、ビビアンの家に迎え入れられたアルセニオ。

 真っすぐなビビアン。純粋なベティ。優しい2人によって癒されていくアルセニオ。

 しかし、その心の傷は深く、夜中に悪夢を見て火事を起こし、2階から飛び降ります。

 そんなアルセニオの状態を冷静な目で見つつ、「拾ったからには責任持ちな。アルセニオはまだ助かっちゃいないよ」、「アンタの最初の患者だ。直してやりな見習い魔女ベティ」とベティにアルセニオの治療を振るビビアン。※ちなみにベティは当時6歳前後です。

 深刻なトラウマを抱えた患者の相手を6歳児にさせるというビビアンに、普通ならばとんでもなく突っ込みたい気持ちになるはずです。

 しかし、そんな気持ちにはなりませんでした。

 地下牢から救出された際に、アルセニオがベティによって、命だけではなく心まで救われてベティを信頼していたことや、ビビアンが事情を話してアルセニオ本人の同意を取っていること、何かあっても後出しで対応できるだけの実力が、ビビアンにある事がしっかり描かれている点もあるでしょうか。

 とんでもないと思うよりも、2人の成長を見守るビビアンの器の大きさを感じる結果になっていました。

 アルセニオが「忠実なる魔女の下僕」として、ベティを守ろうとする動機の描かれ方も好きです。

 ただ単に恩があるからということではなく、ベティのことが好きだからという理由だけでも終わりません。

 「魔物」になってしまったアルセニオが味わった理不尽な偏見や、人間性を否定される屈辱を「魔女」であるベティに味わってほしくないからという所まで掘り下げられていることが素晴らしいです。

 魔物になってしまったが故に、故郷を追われ、理不尽な偏見にさらされ、人間性を否定され、傷ついたアルセニオ。ベティの純粋さによって救われた彼が、自分を傷つけたものから、その純粋な笑顔を守りたいと願う様が尊いです。

 

魔法使いの魔法と魔女の魔法

 悪夢にうなされるアルセニオのために「ぐっすり眠れる魔法」を探すベティ。しかし、安眠の魔法だけでもかなりの数があり、どれが正しい魔法なのかと混乱します。

 ビビアン曰く「別に正しい魔法なんてないよ。好きな魔法を選べばいいのさ」とのことです。

 魔法使いの魔法=「信頼性と効率重視の軍用品」、魔女の魔法=「高い技術力と遊び心でできた民間品」というイメージを抱いていましたが、今回、そのイメージがますます補強されました。

 ビビアンが言うには、魔法使いの魔法は効率重視で、最速で最大火力を出すための魔法。魔女の魔法というのは面倒な過程を楽しむ魔法。

 効率を度外視したその結果として、魔法使いの魔法では出来ない変身魔法等の面白く便利な魔法の数々や、誰にでも魔法が使える魔導具が生み出されたという話は、面白さの中に現実的な納得があってすごく好きです。

 この漫画では、多様性の肯定や、偏見を乗り越えることで見えて来るものについて描かれてきましたが、文化や技術の進歩は、多様性と、それを受け入れる寛容さにあるということもそこに連なる真理だと思います。

 

 

 今回語られた過去は、これまでのアルセニオのベティに対する献身の背景として、とても納得のいくものでした。しかし、あの陽気なキャラクターまでベティのために仕立てられたものだったとは驚きました。『教国のレクエルド』を見るに、自分の父親を参考にしている様ですが。

 一方で、ベティが実はお姫様だったという辺りの事情には一切触れられず、その点は少々もやもやしました。

 女の子仕様のおめかしをして、泣いちゃったレイもかわいかったです。

 ただ、ふと思いついた疑問なのですが、普段レイが着ている服はどのような趣味の産物なのか気になりました。ヒュペルボレアには他にあんな服を着ている人はいませんでしたからね。

 次回のデート編にも期待に胸が膨らみます。