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虚構推理12巻 感想


虚構推理(12) (月刊少年マガジンコミックス)

 

 六花さんが再登場。琴子の高校時代のエピソードも語られ、そして、とても魅力的な雪女の登場する新章「雪女のジレンマ」もスタートします。虚構推理12巻の感想です。

 

風間玲奈と桜川六花の遭遇

 今巻の1つ目のエピソードである29話・「死者の不確かな伝言」では、琴子の高校時代に、同じ部活動の友人であった風間玲奈と、逃亡中の六花さんが遭遇しました。

 田舎に住まう祖父母宅へ顔を見せに来た風間さんは、帰りがけに大きな猪の化け物の話を聞きます。てっきり、この猪がらみの話になるのかなと思っていたら、扉絵から2ページで、猪の化け物は風間さんの目の前を走り去っていきました。

 猪の逃げてきた方向からは、ひょっこりと六花さんが登場。

 人語で悲鳴を上げる猪。それを目撃した風間さんと、化け物に化け物呼ばわりされて逃げだされた現場を目撃された六花さん。間に流れる独特の空気と、困った顔で誤魔化そうとする六花さんがツボに入りました。

 何はともあれ2人は駅まで一緒に行くことになります。

 風間さんの話に出てくる彼女の友人が琴子であるということに気付く前から「迷惑な子」呼ばわりする六花さん。その友人が琴子であることに気付いた瞬間の何とも言えない表情。

 六花さんから九郎が今でも琴子と付き合っていると聞いて、「従弟さん、心身に異常はなく?」と聞く風間さん。

 琴子に対する2人の扱いに笑いました。

 ミステリーは、昔語りで出てきた高校時代の一幕、琴子や、風間さんの所属していたミステリ研に持ち込まれたダイイングメッセージ関連の案件についてでした。

 その時に琴子が出した解決案は、まさに「悪辣」の一言に尽きます。

 漫画的表現で「花が舞う」かのような表情で、悪辣極まりない解決案を出す琴子に「きゅん」としてしまった風間さんも、なかなかに愉快で変わった趣味の持ち主の様です。

 琴子のことを楽しげに話す六花さんの姿も印象的でした。九郎の事や、お互いの立ち位置的なしがらみを別にすれば、案外本当に仲が良かったのかもしれません。

 

新章、雪女のジレンマ 

 11年前、登山中に尾根から突き落とされたところを雪女に助けられた青年・室井昌幸。

 その後の人生でいろいろとあった彼は、雪女と出会った山の麓へと移り住みます。かつて自分を助けてくれた雪女と再会し、楽しい交流を続ける日々。

 ところがある日、離婚した元妻が何者かに殺害され、自分がその最有力容疑者に。犯行時刻に昌幸と一緒にいたものの、自身が妖怪であるがゆえにアリバイ証言が出来ない雪女は、琴子へ助けを求めます。

 というのが、雪女のジレンマ編のあらましなのですが、この章、ここまで読んだ時点で既に、私の中で過去最高の章になるのではという予感がひしひしとします。

 ミステリー的な意味での過去最高ではなく、怪異モノ、怪奇モノという意味で、あるいは、異類婚姻譚的な意味で、凄く好みでわくわくするのです。

 

昌幸と雪女

 「人間の想像力をなめるな。それで描かれた雪女はもっと魅力的で雰囲気があるぞ」とは雪女と初めて出会った時の昌幸さんのセリフですが、この雪女は、私がこれまでに創作物上で見た雪女の中でも、最高に魅力的です。

 好奇心旺盛で欲望に忠実な性格でありながらも、物事の分別が付き、気遣いもできます。

 切れ長の目に、口元から覗く鋭い犬歯がチャームポイントな、冷たい感じの美貌ですが、コロコロと表情が変わり、人懐っこい感じの愛らしさがあります。

 雪女としての外観のレギュレーションは守りつつ、イヤリングや帯留めに現代風のデザインを取り入れるお洒落さんです。

 何より、プロテインバーをサクサクしたり、お酒に舌鼓を売ったり、カレーうどんをちゅるっといったり、天ぷらは天つゆではなく塩派だったりと、おいしそうに人間の食べ物を食べる姿がかわいいです。

 自然の雪を操ったり、自分で冷気を出したり、人1人を抱えて長距離をあっという間に飛行したり、人間や動物に変身したりと、バトル漫画でもないのに、かなり強くて万能なタイプの雪女ですが、そこにも人間とは隔絶した非日常の存在としての趣があります。

 そして、そんな相手に物怖じせず、上のセリフを言えてしまう豪胆でさっぱりした性格の昌幸さん。たまに剣呑な雪女の言葉にも、むしろ楽しげに切り返したりもします。

 昌幸さんは親友だと思っていた相手に雪山から突き落とされたり、奥さんに浮気をされた上に財産目的で殺されそうになったり、仲間に裏切られて自分の会社を失ったりもしていて人間不信。

 そんな彼と雪女の週に2、3度の交流は、近づきすぎず遠すぎずの居心地のいい自然な距離感。

 昌幸さんが胸の内に秘めていたなんやかんやもありましたが、やはり、単純な人間の男女のそれとも違う気がします。「人間とは隔絶した存在」であるからこその雪女への想いがあったのだと思います。

 2人の交流が楽しく、2人の距離感が心地よく、2人の関係が尊く、セットで末永く鑑賞したいです。

 

事件について。昌幸は何かを隠している?

 現在そろっている材料で、とりあえず事件について考えてみました。

 昌幸さんに不利な証拠がこれでもかと出てくるのですが、これらは全部状況証拠に過ぎません。

 奥さんの掌に「マサユ」と書かれた文字が「マサユ(キ)」とダイイングメッセージを途中まで書き、気付かれそうになったので、そこまでで諦めたのではないかと刑事は言っていました。

 しかし、手元を見ずに書いたような字だったらしいので、「マサコ」かもしれないし「マサエ」かもしれません。そもそも現場にサインペンも残っていなかったので、何かを忘れないように手に書いた事件とは全く関係のないメモかもしれません。文字が書かれた手を描いた1コマを見る限りでは「アサ1(朝一)」とも読めそうです。

 奥さんは、自分が昌幸さんを殺そうとしたにもかかわらず、警察には通報されず、離婚時に財産分与までされたことを気味悪がって「自分が変死すれば昌幸に殺されたに違いないすぐ捕まえてくれ」という告発文を残していました。これが警察に疑われるきっかけになったわけですが、殺人の証拠とは言えません。

 少し気になったのは、昌幸さんが警察にアリバイを確認された時に、何かに気が付いた風に「九月十二日…」と呟いていた点でした。

 雪女には、アリバイ(雪女との宅飲み)がないこともないかと考え込んでしまったと言っていましたが、雪女に何かを隠している気がします。

 「自由に動けなくなる前に俺自身の手で真犯人を見つけてやる」と飛び出そうとして、雪女に止められる場面がありましたが、この辺りも不自然な気がします。「見つけるあてはあるのか?」と聞かれ「ここに引きこもっているよりはましだ」と返していますが、完全にノープランで飛び出すとも思えません。

 事件の当日に、元部下あるいは仲間の人と連絡を取っている場面があったので、もしかしたら、この人が事件に関係していることを疑っているのでは、とも思いました。

 

解決案:記憶喪失の雪女作戦

 自分なりに今回の件の解決案を考えてみました。

 昌幸さんが何かを隠しているにしても、隠していないにしても、問題点は、事件当日のアリバイと、事件の数日前に、「奥さんによく似た女性=雪女」と一緒にいることが防犯カメラの画像に残っていたことの2点です。

 離婚後1度も奥さんに会っていないと証言してしまった上に、相手の女性が雪女だとも言えないので、警察の疑いを深める結果になってしまいました。

 そして、琴子に対する雪女の依頼は、昌幸さんの無実の証明であり、必ずしも真犯人を捕まえる必要もないわけです。

 つまり、この問題点は、雪女に「昌幸さんに保護された記憶喪失の人間」を装って証言させることで解決できます。記憶喪失ならば、自分がどこの誰だか言えなくても仕方がありません。人の世に不慣れな妖怪であるが故のあれこれも誤魔化せます。

 雪女であるからアリバイの証言が出来ないのであって、雪女が人間であれば初めから何も問題がないわけです。

 コメディタッチで「無国籍、住所不定、職業雪女」等と表示された場面がありましたが、全ての項目を説明もしくは解決できます。

 刑事に、奥さんではないのなら「では、どこのどちらの方です?」と尋ねられた時に言い淀んでしまったのは「どこのどちらの方」なのかわからなかったからだと主張することもできます。

 しかし、この解決案には問題があります。

 まず、記憶喪失の人間を何故病院にも、警察にも連れて行かなかったのかと言われた時に、説得力のある言い分が思いつかないことです。これは人間不信になっても仕方がない昌幸さんの人生経験が言い訳に使えるかもしれません。

 次に、一度人間として認知されてしまうと、姿を消したら消したで事件になってしまうことです。冗談なのか、本気なのか、琴子が言っていたという「面倒になればその男を凍死させて逃げる(自然死に見える)」という手も使えなくなるでしょう。

 何より、知恵の神という「秩序の守護者」である琴子が、この方法を良しとするのかということです。

 最後の琴子の判断が最大の難関である気がしますが、琴子は人の恋路は邪魔しない主義ですし、異類婚姻譚は昔からありますからね。

 この雪女の変身能力は自由度が高そうなので、自然な加齢を演出することもできそうです。昌幸さんが天寿を全うするまで、2人一緒に、末永く幸せに暮らしたらいいのではないでしょうか。

 正直に告白しますと、これははじめに私の願望ありきの解決案です。今の2人の距離感も好ましいのですが、進展したら進展したでおいしいと思います。

 

 

 今巻の最後、神秘的な自然の洞の中で、どんよりと淀んだ目をしながら、黙々ととんかつ弁当を食べているという琴子の登場シーンに噴き出しました。

 九郎の姿が見当たらないことも気になります。

 次巻で「雪女のジレンマ」は完結とのことですが、事件の解決案や、真相もさることながら、昌幸さんと雪女の2人の物語の結末がどうなるのかが、気になって仕方がありません。